三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『何もかも憂鬱な夜に』〜女の子に抱かれる方法〜

 どうしてこうなった。と、女の子の二の腕の柔らかさを確かめさせられながら、私は困惑していた。

 発端は2週間前。高校の同級生から数年ぶりに連絡が来た。「久しぶり、元気ですか?」とのメールだったので、「おお、久しぶり。割と元気じゃないよ」と返したら「なにそれ」と笑いながら電話がかかってきた。

 なにやら、「元気?」と聞かれて、「割と元気じゃないよ」の返事が予想外だったらしい。まぁ、喜んでくれたのならいい。

 それで20分くらい話した。その子は地元に残っていて、私は県外に出たので、本当に久しぶりだった。

 その日から1回の電話と数回のメールを挟んでまた今日、電話がかかってきた。

「こんにちは。たかしくん今なにしてた?」

「家で本読んでたよ」

「ひま?」

 「うーん、まぁヒマかな」

「よかった。私、今すぐ近くの学校に来てるんだけど」

 ‥‥‥はて。彼女は地元に残ったままだと5日前に言っていた。確かに私のマンションは学校の近く(15メートルでもう校舎)と伝えたけれど。

 まさかな、と思ってカーテンを開けたら、いた。校舎のすぐ前に立ったいた。

 すぐさまエントランスに降りる。長旅で疲れているとのことだったので、とりあえず15メートル先の家に招く。多分これが間違いだった。

 女の子が着いて早々、私って手が小さいんだよね、ほらっとしてきたのだ。

 こ、これは。10年くらい前に流行った中2がするような伝説の恋のつめ方ではないか? と思ったけど、まさかこの歳でその手法は使わないだろう。きっと、本当に小さいのだ。私は手を合わす。そんなに小さくない。それは言わない。

 今度は、私、二の腕が人より柔らかいみたいなんだ、ほらっ。としてくる。ギャグなのかなと思ってなんかさわってしまう。

 最後に、私髪が多いみたい、ほらっ。と髪を結って欲しそうなポーズをとる。

 ここで確信する。マジだった。この子はマジだったのだ。これが彼女の戦い方なのだ。彼女は今日、私を抱くためにここまで来たのだ!

 女の子には申し訳ないけれど、私にだって抱かれ方の美学はある。私は髪を結わず、抱かれないまま彼女を帰す。ごめんね。

 多分、違う方法で攻めれば、君はとても可愛らしいし、モテると思うよ。

ーー夜。せっかく(勝手に)きた女の子を返してしまった罪悪感と、今日帰省予定だったのに女の子と被るのが嫌で明日に変更したことで憂鬱になる。何もかも憂鬱な夜だ。

 『何もかも憂鬱な夜に』は、殺人を犯し、18歳で死刑囚となった少年を見つめる刑務官の話だ。

 作中で、死刑囚の少年がバッハの『目覚めよと呼ぶ声が聞こえ』を聴いて、後ろから祝福されているようだ、と思うシーンがある。

 女の子を帰した時、彼女の背中を眺めながら何故だかこの曲が流れていた。

 女の子の悪口を書いてしまったことを深く深くお詫び申し上げると同時に、バロック音楽まで聴く私の教養の深さをアピールしてみる。

 

『何もかも憂鬱な夜に』中村文則/著