三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『真昼なのに昏い部屋』~モテ仕草の宝庫、エスカレーター~

 エスカレーターでもモテ仕草がある。先日、モテる例と悪い例を同時に目撃した。

 2階から5階までのエスカレーターで、私の前に乗ったカップルがいた。女性が前で男が一段後ろ。セオリーだ。で、男がさりげなく左手で手すりに手を置いた。不測の事態(実用性はともかく)から守るよ、という気概のようだ。ここまでもまぁセオリーだ。

 男の真価はここからだった。男は体半分だけ右にずれたのだ。すると前に乗っている女性は必然的に右斜め後ろを向いて話すことになり、男の左手には気づかず(もしくは気づいても「気遣い素敵」となる)楽しくしゃべれる。しかも、男が右通路に立つわけじゃないから、通行人への気配りもできている。

 なにより、男が形式的に手すりを持ってモテようとしているのでないのが伝わってきた。自分の体重を支えるためでもなかった。男は、女性をとにかく大切に思っている。そんな手の置き方だった。

 私たちが4階から5階行きのエスカレーターに乗り換えた時、ちょうど3階から4階に到着する間際の別のカップルを目撃した。女の子が前で男が後ろ。

 しかしこの男、ど真ん中に立って、両手で手すりを持っている。男の後ろには2人いて、右側に立っている。ただ、あからさまに距離は詰めず、2,3段下にいるので、男は自分の非礼に気づいていないみたいだった。

 私はエスカレーターでこんなにも差が出るのかと驚いたと同時に、早速実践してみることにした。モテたいもん。

 3日後、女の子と映画に出かけた。商業施設の3階に映画館はある。3階ということは、チャンスは2回ある。なんとしてでもモテたい。

 先に女の子を乗らせるべく少し歩調を緩めたら、どういうわけか女の子も緩める。先に乗ってほしいのに、明らかに彼女は先に乗りたがらない。かといって「先乗れよ、俺が支えるからさ」と言うのは気持ちが悪い。

 謎の心理戦に負けた私が先に乗り、彼女が後から乗る。右側を数人が歩いて越していく。

 だがまだチャンスは1回ある。少し離れたエスカレーターまで歩く必要があったので好都合だ。しかし、また女の子が歩調を緩める。なぜだ、なぜ彼女は先に乗ろうとしない。自分の背後に立たれたくないのか?

 案の定、心理戦に負けた私が先に乗る。終わった、エスカレーターひとつでこんなに汗だくになるとは思わなかった。と感じていたら、女の子が一段上がり私のとなりにひょこっと乗って笑いかけてくる。

 かわいい。後ろをちらりと見ると、誰も乗っていないし、乗る気配もない。彼女はこれを狙っていたのか。モテ仕草ではあちらが数段上だったようだ。

『真昼なのに昏い部屋』という小説は、まさにエスカレーター乗るように何の疑問も抱かず誰かの敷いたレールで自動的に移動してきた女性が主人公だ。

 ホラーではなく、(おそらく)ラブストーリーなのだが、今まで読んだ本のなかで一番怖かった。最後の4行を読んで心の底から恐怖を覚えた。

 そして一番怖いのは、私にモテ仕草をしてきた女の子が、実は私に対して露ほどにも恋愛感情を抱いていないことなのだった。

 

『真昼なのに昏い部屋』江國香織/著