三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『蘇る変態』~行き過ぎたフェチ~

 大人数の集まりが苦手だ。

 理由は2つある。ひとつは大人数で話しているときに会話に入れないこと。なんで皆あんなにポンポン会話に参加できるのだろう。学校で習ったっけ? というか、本当、みんなあれどこで習ったの?

 もうひとつの理由は、特に初対面で繰り広げられる最大公約数的な会話というか、皆に共通する表面的な会話だ。

 恋愛なら「どういう人がタイプなの?」とかそういうやつ。ディスっているわけでなく、あれを心から楽しめる人は本当にうらやましい。

 だって、「どういう人がタイプなの?」と聞かれて「優しい人かな」というやりとりを目の前で見ていても全く楽しくないのだ。

 ちなみに私はその質問にたいして「健康な人」と言うようにしている。

 というような話を後輩の女の子と一対一のときにしていたら(やはりマンツーマンは落ち着く)、

「それはですね、たとえば『料理ができる人』と言われたら、『あ、私可能性があるんだわ』と思う人の割合が高いから、つまんないけど皆に当てはまるような答えがいいんですよ」と言われた。

 知らなかったぜ。じゃあ私の「健康な人」は「健康っぽい人、実際はさておき」にした方がより可能性は広がるということか。

 あのつまらない会話にそんな意味があったとは。これだからモテの世界は油断ならない。

 あの会話が言外に「あなたに興味ありますよ」というサインだとしたら、目の前に好きなタイプの人がいたらその人に特化した内容がいいはずだ。

 私は後輩の女の子に言ってみる。

「じゃあ僕は『上唇が出ていてデコルテの下(喉仏の下20センチくらい)にほくろがたくさんある人が好きです』と意中の人に言えばいいわけだね」

 心からの好み(フェチ)を言った私に、女の子がやや強めの口調でかぶせる。

「いや、そこまでニッチだと気持ち悪いです、変態っぽいです」

 それは変態っぽいのか。

 モテの世界は難しいな、と思って後輩を見ると、彼女の上唇が出ていることに気づく。ははん、後輩は自分が狙われていると思ったのかもしれない。でも変態はないじゃないか。

 後日、後輩の女の子とまた会った。今日はVネックの深緑のTシャツを着ているようだ。何気なく眺めていると、彼女のデコルテの下にめっちゃほくろがある事を知る。

 あぁ、そりゃ変態と思われても仕方がないな。

 星野源のエッセイ『蘇る変態』のなかで、源ちゃんはその変態っぷりをいかんなく発揮していた。でも、時折名言をいくつか書いている。例えばこんなものを。

――人を信じるということは、その人の失敗も含めて愛することだ――

 こういう変態と知性のギャップが、星野源の愛される理由なのだろう。

 私も真似したい、が、いくら名言を考えようとしても、後輩の素敵なほくろに目を奪われて何も浮かばないのだった。

 

『蘇る変態』星野源/著(曲は『フィルム』が好きです)