あるラッキーがあった。女の子が私に貸していた映画を急遽取りに来たいというのだ。それもけっこうな夜に。
まだ観終わっていなかった映画を鑑賞しながらワクワクする。家に来たことないから近くのコンビニに来てもらってちょっとおしゃべりしてあわよくば私の部屋でおみだらかしらん、と思っていたら玄関のチャイムが鳴った。
まさかな、と思って外を見ると女の子が立っている。私は40秒で支度してドアを開ける。
「いきなりおしかけてごめんなさい」
「大丈夫だけどよく部屋わかったね」
「うん、前にマンションの前通ったことあったじゃない。部屋番号に名前があったからピンポンしちゃった、おしかけてごめんね」
いや、それは全然いいのだけれど、ただ、無防備すぎるぞ女の子。夜に男の部屋にいきなりくるなぞ。という説教を頭の中で終えたあと、おみだらのことだけ考える。
15分続きが残っている映画を2人で観る。正直もうラストなぞどうでもいい。どうおみだらへ持って行くかと考えていたら、女の子が「部屋、おしゃれだね」とつぶやいた。
ん、どこがだ? 私の部屋はキュートでポップな部屋だぞ。
「はっ」と私は致命的なミスに気づく。なんかいい匂いのミストが出て間接照明の役割も果たすやつがつけっぱなしになっている。
女の子が続ける。「あとさ、このマンションの前に着いたときに思ったんだけど、部屋の電気つけてた?」
彼女からの思念が伝わってくる。
――やっと気づいた? あなた、意識高い系の部屋を40秒で上手く隠したみたいだけどバレてるわよ。今は電気付けてるけど、普段間接照明で生活しているわね。テレビの裏から天上と地面に向かって間接照明を付ける『女子にモテるインテリアのコツ7選(初級編)』みたいな生活。キッチンも見たけど、なに植物ぶら下げてるの? コンロにあった赤のレトロな鍋と白のケトルは差し色のつもり? それと、なんで部屋に自転車があるわけ、しかもママチャリじゃないなんかいけすかない感じのチャリ。それで私を抱けるとでも思ってるの? 自覚なさい。
私の自意識は彼女の眼差しから全てを汲み取ってしまう。
違うんだ、違うんだよ。女の子が来るときはちゃんと意識高いモノは隠しているんだ。植物もケトルも隠して普通の電気は付けていい匂いのやつは消してるんだよぉ。これは純粋に僕が心地よく生活するためだけのものなんだ。自転車もただ駐輪場がないだけなんだよ。君が急にピンポンしてきたからじゃないか。と頭の中で誰にも伝わらない言い訳をする。
映画はエンドロールを迎えていた。今日のエンドロールもまた近い。
彼女は私の本棚を見て「これ読みたかったんだ」と『ふがいない僕は空を見た』という小説を借りていく。
外まで彼女を見送る。彼女の自転車(ママチャリ)が見えなくなったあとで自分の自意識の高さを恨む。
ふがいない僕は空を見る。
『ふがいない僕は空を見た』窪美澄/著 2012年映画化