三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『夜と霧』~シティボーイの前髪~

 都会に引っ越した。なんというか、大分“シティ”だ。

 買い物カゴの中に冷凍ハンバーグをこっそり入れられる嫌がらせをされたし、初めて入った定食屋では、OLのおねいさんが平日の昼間から一人ビールを飲んでいた。田舎ではまずないことだ。

 だがそんなことより、私に都会を感じさせたことがある。それは「シティボーイの前髪」だ。

 ビルが多いせいか、この街は風がとても強い。ワックスをほとんどつけない私の髪はいつも風になびいている。頭のてっぺんから前髪近くまで伸びている一束にいたっては、アンテナみたく常にピンと立っている。

 だがシティボーイの前髪は乱れない。髪型は私と同じだというのに、だ。

 あるとき街を歩いていたら、目の前から同じ髪型のシティボーイが歩いてきた。私の前髪は風でオールバックになっている。彼の前髪は乱れない。

 試しに彼と同じ方向に歩いてみたが、結果は同じだった。シティボーイたちは髪の毛をがちがちに固めているのだと、やっと理解した。

 でもどうなんだろうな、と私は思う。女の子とそういうことになった時に、がちがちに固めた髪の毛で臨む男ってカッコ悪くないか? 女の子が髪を触ってきたときに、指が通らないくらい髪の毛を固めている男ってどうなの、と思ってしまうのだ。

 一束ピンと立っているアンテナがシティボーイたちに反応する。横には漏れなく可愛い女の子が並んでいる。だが、無造作ヘアーの方が格好いいと思ってきた信念は曲げたくない。信念はそう簡単に曲げられるものではないのだ。

 信念、信念、信念……。私は念仏のように唱えながら街を歩く。気が付くと、お店に入りあるコーナーの前に立っていた。

 目の前にはハードスプレーが並んでいた。購入して振りかけたときのことを想像してみる。スプレーは髪の毛を固め、シティボーイの仲間入りを約束してくれるだろう。ただ、あれ程固かった信念はきっと、スプレーの霧のように霧散してしまうのだ。

『夜と霧』は、戦後間もなく精神医学者が出版した本だ。その素晴らしき内容はさておき、作者の前髪が固まっていることだけはしっかり伝えておく。

 

『夜と霧』V.E.フランクル/著