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三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『花吹雪』~雨上がりのアスファルトが嫌いになりそうなエロティックな香り~

 4階から降りるエレベーターの中で、ひたすら女性に胸を押し当てられていた。

 背中にぐいっとめりこんでいる。饅頭だったら割れているレベルだ。

 彼女はそれまで合コンで一緒だったメンバーの一人だった。普通なら喜ぶべき場面かもしれない、だがそれどころではない。お腹が痛くてたまらないのだ。私は香水の臭いを嗅ぐとお腹が痛くなる。そしてエレベーターの中は女性の香水の臭いで満ちていた。

 真夏の雨上がりにアスファルトから立ち込めるような密度の濃い空気がエレベーターに充満している。そこにタバコとアルコールの臭いが加わる。自己主張の強いそれらは譲り合うことなく、個別にしっかり鼻の中に入ってくる。乳どころではない。

 腕をつねりながら考える。彼女はおそらく私を憎からず思ってくれているのだろう。スカスカのエレベーターのなかで胸を当てるほうが難しい。

 チャンスではある。しかし、お腹が痛くてたまらない。最短距離を最速で帰ってなお、トイレに間に合うかわからない。

 こめかみの汗が顎まで下りてきたのを合図に、エレベーターがそのドアを開く。私はエレベーターからすべり出る。香水の臭いが夜空に飛散し、冬特有の冷たい空気が鼻孔に入る。しかしいったん痛くなったお腹はもう元には戻らない。

 アドレスを聞いてくれた彼女に「別の人から聞いてて」と言って走り出す。

「メールするね」と言う声が聞こえたが、それに答えたかは覚えていない。

 家に帰り、窮地を脱した私は服の袖で鼻をかく。かすかに甘くいい香りがする。思えば合コンの最中からお腹が痛かった。彼女の香水が原因ではないのかもしれない。それに、おざなりな対応をしてしまった私に、彼女は「連絡する」と言ってくれた。なにかが始まる予感がする。

 連絡が待ち遠しく、その日はなかなか寝付けなかった。

  ――あれから2週間。彼女からの連絡は一度もない。

洗濯した洋服からは香水の匂いは消えている。ただ、恋の香りもしない。

 

『花吹雪』 THE YELLOW MONKEY