三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『渇き。』〜蠱惑的な彼女〜

「蠱惑的」という言葉に出会った。

 丁寧にルビがふってあったので、それが「こわくてき」と読むことを知り、続いて辞書で意味を調べると「人の心をひきつけ、惑わすさま」という意味だと知った。

 瞬間、辞書の前で私の全身がビリビリっといった。なんと素敵な言葉だろうか。

 それはかつて「静けさが、溢れる」という意味の「静謐」という言葉を知った時以来の 衝撃で、私は、「蠱惑的な男こそ、私が目指すべきものだ」と勝手に誓った。

 しかし私は生粋のマイルド野郎。毎日職場に手作り弁当作って無駄に好感度を上げてしまう始末。やはり私みたいな誠実なだけの男に蠱惑的は無理か、と思い、しかしまてよ、と思いかえす。

 そういえば学生時代、わたしは「ちゅっぱちゃぷすの男」と呼ばれたいがために毎日ちゅっぱちゃぷすばかり食べていたのだが、その話を女の子にしたときに、「なんて変態なの。素敵~」と本気で好意を持たれたことがある。

 あるいは、大学1回生の頃、お菓子の「アポロ」にはまっていた私はよく、授業中にアポロを机の上に置きうっとり眺めていたのだが、後に「あのときアポロ置いてるところが変態的で素敵だったわよ」という謎のお褒めの言葉をいたいたことがある。

 いける。私、蠱惑的いけるっ。

 次の日から私は蠱惑的な男になる準備に取り掛かった。もう弁当男子は卒業である。私はもうあんぱんしか食べない。あんぱんしか食べず、「あの人なんて無意味にストイックなの!すてき~」と言わせてみせるのだ。

 その日以来、私は職場にあんぱんしか持っていかなくなった。

 そして案の定「減量?」とか「なぜにあんぱん?」という、人をひきつけ惑わすことに成功し、大いに満足した。しかし6日目の昼、私は直属の上司に、「食の貧しさは心の貧しさだぞ」と菩薩のような表情で諭され、完全に惑わし方を間違ったことを知った。

 あんぱん生活7日目の朝、私は弁当を作って職場にいった。お昼になり、弁当を食べた私は、そのおいしさに、特にベーコンとマヨネーズの卵焼きのおいしさに感動して、あやうく泣きそうになった。そしてあんぱんしか食べてこなかった自分自身を恥じた。

 ガラにもない蠱惑的男子になるのもいいけど、僕には弁当男子があってます。そうですよね、さとる先輩。

 そう、私が仲のいい先輩に話しかけようとすると、いつもゲームの話しかしない先輩がものすごく真剣な顔で指にテーピングを張っている。

 私は女性同僚に聞いてみる。

「さとるさん指どうしたんですかね?」

「昨日試合で怪我したらしいよ」

「ん? 何の試合ですか」

総合格闘技。アメリカ陸軍に勝ったって」

 普段アニメキャラの服を着てニヤニヤしているくせに影で総合格闘技の試合に出て一人もくもくと指にテーピングを張る先輩……

 ――蠱惑的、す、素敵ぃ~。

 私はそんな蠱惑的な先輩を見ながら「にしても今日の弁当うまかったな」と一人ごちるのであった。

 映画『渇き。』に出てくる小松菜奈さんはとにかく蠱惑的です。

 

『渇き。』2014年 公開 原作は『果てしない渇き。』ミステリアスサスペンスです。