三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『家守綺譚』〜安西先生、バスケがしたいです〜

 悪い癖というか、謎の特殊能力がある。それは「一度読んだ本の内容を異常なまでに覚えていること」だ。友人はそれを面白がってくれるので「おォ~っとっとォ、ベン・ベックマン」と急に振ってくる。私は間髪入れず「『ONE PIECE』の59巻」と叫び、続けて「え? あれは!あの船……!」と、次のコマのセリフから再現する。

 小説も同じだ。例えば女の子が「私『レ・ミゼラブル』の詩が好きなんです」と言うと、その4行詩を一言一句違わずつい諳んじてしまう。しかしホテルマン時代にあることがきっかけでそれをやめた。

 同期(女の子)と休憩時間にテレビを観ていた。女の子がチャンネルを変えたら『スラムダンク』の三井寿の顔が映った。瞬間的に私が彼の表情を読み取って「来い!」と叫んだら、1秒後にテレビの中の三井寿が「来い!」と言った。女の子が私の顔を見て「キモッ」と叫ぶ。ありがとう女の子。何も言われなければその話の巻数と三井寿の身長と体重を言うところだったよ。

 とにかくそんなわけで、私はよほど仲のいい(しかも楽しんでくれる)人にしかその癖を出さない。その3年後、私は図書館司書になった。

 あるとき、とても静かな女の子が入ってきた。彼女は20人いるスタッフのうち、私ともう1人の女性にだけ心を開いてくれている様子だった。だがその私たちにすら、女の子は自分のこと――好きな食べ物や趣味などの一切――を話そうとはしなかった。無口なことは業務に支障をきたすほどではなかったが「円滑」とは言い難く、私と女性は女の子を気にかけた。

 3か月ほど経つと、女の子も少しずつ打ち解けてくれた。仕事もやりやすそうだった。そして休憩時間、何かの流れでなんと女の子の方から好きな本の話題が出た。

 私と女性はめくばせした。わっしょい。心を開こうとしてくれているぜ。女性が女の子にさりげなく聞く、どんな本が好きなの、と。

 女の子が少し恥ずかしそうに口を開く。

「えっと、好きな小説は『家守綺……」

私は与えられる理想より、刻苦して自力で掴む理想を求めているのだ!

 彼女の肩を揺さぶらんばかりの勢いで叫んでいた。女の子の顔が凍りつく。やってしまった。いくら女の子が好きな本だとはいえ、その一文は覚えていまい。「コック→刻苦」には脳内変換していまい。私はただ変なことを叫んでしまったピエロに映ってしまったようだ。

 それから数日間、女の子は恐怖で口をきいてくれなかった。でもさ、素敵な言葉だと思ったんだよね。『家守綺譚(いえもりきたん)』の中で一番好きな言葉だったんだよ。

 しばらくして、図書館司書おすすめの本が館内に展示された。女の子の書いたポップを見ると、選んだ本は『家守綺譚』で、紹介文の最後に――私は与えられる理想より、刻苦して自力で掴む理想を求めているのだ――と書いてあった。あやうく涙が出そうになった。

 ふざけた内容から最後をいい感じでしめるとギャップが生まれる。世の女の子は男のギャップに弱いと聞く。だれかキュンとこないかしら。

 

『家守綺譚』梨木果歩/著