三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『世界音痴』~悪魔のゲーム「ボーリング」~

 やってきた。あの悪魔のゲーム「ボーリング大会」がやってきた。

 職場の同期とその女友達8人で飲んでいたときのことだ。私は非・リア充生活にほんのひととき訪れたリア充っぽい雰囲気にいい気分で酔っていた。しかしその最中に、最年少の女の子(22)がいきなり「このあとボーリングに行きませんか?」と言ってきたのだ。

 だがそこは大人な私。若者よ、三十路前の男女はそんなところにはいかないのだよ。とこころの中で微笑む。すると男連中が「たまには行こうぜ」と言いだした。そんな馬鹿な、と私は思った。「2次会がある=可能性がある」じゃないぞ。どんな2次会かが大事なのだ。一瞬で酔いがさめる。で、まんまとボーリング場に来てしまったというわけだ。

もしやあなたは「スコアが低い」や「うわっ、ガーターだ」という目先の利益を気にしてはいないだろうか。それは大間違いだ。ボーリングはより多くのピンを倒した人が勝つゲーム、ではない。いかに自然に女子とハイタッチが出来るかを競うゲームだ。ぎこちないハイタッチは2点。片手ハイタッチはスペア。そして全員と両手ハイタッチが出来たらストライクなのだ。

 あれはピンを倒すという体裁を取った、男女がキャッキャウフフするための高尚な儀式であると同時に、男のモテ戦闘力を図るためにある、モテ界の縮図だ。

 あんな恐ろしい提案、どうして男連中は了承したのだろうか。連中に目線で「試されているのだよ」と促すが、「久しぶりだから楽しそうだな」と返ってくる。こいつバカだ。それとも、それ程自信があるとでもいうのか。プレイヤーの名前を決める段階から審査されているというのに。

 プレーが始まる。ボールが当たる間際に後ろ(女の子の方)を向いて両手を広げる男、やたら助走を取りたがる男、カーブをかけようとする男と様々だった。それはおそらく――私の感覚が正しければ――大変に気持ち悪いアピールだが、連中はすべからくハイタッチが上手かった。ボーリングの“真”のルールでいえば、すべてストライクだ。そして私の番がくる。

 深呼吸をする。男には逃げちゃいけない時がある。私も男だ。このゲームに勝ってみせようではないか。そして勝利のハイタッチをもぎ取るのだ。私のベストスコアは217。決めた。「異常にボーリングスキルが高い男」で攻めよう。

 私は、誰もが見とれる模範的なフォームで投げた。みなの視線が集中する。ストライクを狙ったボールは美しい弧を描きすぎ、ピンを2本だけ倒す。しばらくぐらついていたピンが5、6秒の間を置いて申し訳なさそうに1本倒れた。場が凍る6秒だった。

 一人の女の子が「ドンマイ」と片手を挙げてくる。震える手で彼女にタッチする。それは「気にするな」というスポーツ全般で使われるドンマイだったのか。それとも、他の女の子は誰ひとりハイタッチの手を挙げていないけど気にしちゃだめよ、という「おつかれさま(試合終了)」のドンマイだったのか。

 余談ではあるが、ハンマー投げの室伏選手が使うハンマーとボーリング場で一番重いボールは同じくらいの重さらしい。

 目をつぶり、この悪魔的ゲームを呪う。場内に「パチン」という小気味よいハイタッチ音と、ハイタッチを喜ぶ勝者達の雄叫びがこだまする。まるで投てき後の咆哮のように。

 室伏よ、あなたは今何を思って叫んでいますか。

 

『世界音痴』穂村弘/著