三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『2.43』~男女8人一泊旅行~

 コテージは2つ用意されていた。右が男で左が女(の子)。私はその日、女の子たちと一泊するという、神がかり的な幸運に恵まれていた。4対4。響きがよい。

 夕暮れ時に川の散策を終えた私は、一人男部屋に戻って「あれ?」と思った。敷いていたはずの布団がない。男の分4枚が全部なくなっている。

「移動したぜ」と突然後ろから声がする。男が一人、勝ち誇った声でもう一度言う。

「俺たちの布団、女の子の部屋に移動させておいたぜ!」

 私は男の方を振り返らずにこう言った。「愛してるぜ」

 女の子の部屋に行くと、布団が床一面に8枚敷いてある。ちょうど部屋の大きさと同じらしく、座る場所が布団の上しかない。聞けば女の子たち、まぁもうしょうがないよね、という。ということは……とはあえて言うまい。もう10代ではないのだから。

 お酒も入り、布団の上でトランプゲームをした後、「そろそろ寝ようか」となった。男が電気を消す。おみだらか? おみだらがはじまってしまうのか?

 枕が変わっただけで眠れない私はもう眠れるはずもない。だって翌日に目が覚めたら「実は昨日の夜みんなが寝た後にさ」と男がはにかんで言うシュチュエーションを何かで読んだことがあるもの。

 しばらくの間、男たちは動かなかった。予定調和だ。“こっそり感”が大事と聞く。彼らはそれに準じているのだろう。10分ほどたっただろうか、ある男がごそごそし始める。「お、おみだらが始まってしまうよ」。私は気が気じゃない。

 その男は「いったん部屋を出て、女の子が夜風に当たりに来るのを待つ」という作戦にしたようだ。部屋に戻り、時間が経ってからまた外に出るを繰り返す。一度に20分くらい出ているからトイレというオチもない。その男はタバコも吸わない。

 私の鼻息で気が付かなかったが、いつの間にか周りから寝息が聞こえ始めていた。一つ、二つ、三つ、四つ、五つ……。気が付くと、ずっと粘っていたあの男も寝てしまっている。ついに寝息が七つになる。私以外の全員だ。

 ――いや、本当は最初から分かっていたのかもしれない。あいつ普通におなか壊しているだけだ、と。でもさ、おみだら期待しちゃうじゃない。真のリア充たちは、この程度のシュチュエーションでは心乱されないのな。みんなすやすや眠っている。

 私はほとんど一睡もできず、明け方の5時半に部屋を出る。期待する奴がバカなのだ。

 少し離れたところにあるノッキングチェアに座り小説『2.43』を読む。朝の読書はとても気持ちがいい。これはこれで悪くないかもしれない。いや、僕にはこれで十分だ。

「たかしくん早いね、もう起きてたの?」

 ふいに、後ろから“女の子”の声がした。すっかり忘れていたぜ。「朝早くに起きた二人がこっそりキスをする」というイベントがまだ残されているではないか。朝日が川面に反射し、アユの鱗のようなきめ細やかな輝きを放つ。よいぞ、ロマンチックだ。

 とびきりの笑顔で振り返ると、「俺、昨日は腹痛くて大変だったわ」とあの男が笑っていた。女の子と2人して並んでいる。私は「寝付くのが早すぎたから目が覚めちゃってね」と嘘をつく。朝っぱらに2人で何をしてたのか、などと野暮なことは聞くまい。というか聞きたくもないそんなこと。

 読んでいた『2.43』ページに視線を戻すと――たいていの人間は目の前で本当のことなんて言われたくないのだ――と書いてあった。その通りだ、と私は思った。

『2.43』はバレーに打ち込む高校生を描いたとても素晴らしい青春小説だ。おみだらを期待するような男は、もちろん一切出てこない。

 

『2.43 清陰高校男子バレー部』壁井ユカコ/著