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三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『人間失格』~おいしいお肉を食べに行こう~

読書男子 バーベキュー 恋愛 モテる 映画

 かれこれ30分は経っている。女の子たちは少しがっかりした様子だ。そりゃそうだろう、男がバーベキューの火を付けられない致命的だ。せっかく夜の川べりに来たというのに。

 男連中はまだいい。更に言えば、女の子たちもまだいい。がっかりするか、されるかの違いだけだ。しかし私は別だ。どれほどこの行事に懸けていると思っているのか。男女でキャッキャウフフできる他のメンバーとは違い、私にこんな機会などそうそう訪れるものでもないのだから。

「火を起こすのは男の役目」。これは男尊女卑でもなんでもなく、キャンプに来た男がモテ力を発揮して女の子とお近づきになるための通過儀礼だと聞く。だから我先にと火おこしに群がる。男は火おこしが大好きなのだ。生粋のマイルド野郎である私はその輪に入れない。最悪それでもいい。でも火がついておらんのじゃ。

 悔しい。私に世の人間より優れた才能が一つだけあるとしたら、それは「火おこしの才能」だ。ちょいと炭や火の位置を変えればすぐ燃え上がる。努力の末に身に付けた“技術”ではない。生まれ持った“才能”だ。類まれなるそのセンスは、過去数回しかバーベキューをしたことのない私を「火おこしの王」へと押し上げた。

 つまり、ここで颯爽と現れちょちょいと火を付けるというのは、私が超絶モテるための、最大最後のチャンスなのだ。

 心の中で叫ぶ。「その枝はポキッと真っ二つにしちゃあだめだ。少し繊維がつながるくらいにして、山なりに折り曲げるんだ。枝にしては堅いのはわかるけど、腕で折るんじゃあない。壁に立てかけて真ん中をそっと蹴るんだよ。足だと加減がしやすいんだ。そして炭の真上からバーナー当ててどうする。『下から上に』火は燃え上がるだろ」

 飛びぬけた才能を持ってしまった男は孤独だ。頂点に立ってしまった者の孤独には、誰も気づけない。

 そう、こと火おこしに関しては、私が一番知っているのだ。

 そして、そうやって結局何もしない男が一番モテないことも、既に私が一番よく知っている。

 ――ただ、一さいは過ぎて行きます――。『人間失格』のなかの、主人公「大庭葉蔵」の言葉だ。

 最後まで火が付かずに肉がほぼ食べられなかったあの夜のことも、今では笑い話になっていると聞く。良くも悪くも、全ては過去になる。過去になってしまえば、振り返って笑い話にもできる。

 ただ、あの夜を「過去」にするには、私にはどうしても悔いが残ってしまうのだ。あのお肉、2万円もしたのだから。今日は焼肉食べに行こう。

 

人間失格太宰治/著 2010年 映画化。


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