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三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『インザ・ミソスープ』~ゴミ奥様とゴミ男~

読書男子 モテる ホラー

 “男の背中”はモテるらしい。そこここで聞くし、某SNSには「男の背中」というコミュニティに1万人以上参加している。これはもう鍛えるしかない。家の近くの「ゆらめき公園」に懸垂ができる場所があると知っていた私は早速行ってみた。

 夕方5時に薄暗くなりつつある公園に着くと、中国拳法の服を身に纏い、1.5メートルほどの長剣を使って演武をしているおじさんがいた。先客というやつだ。私は彼を無視し、10回×3セットの懸垂をして帰宅する。

 次の日から、拳法家との奇妙な関係が始まった。お世辞にも上手いといえない彼とは何も話さなかったが、何度も訪れるにつれ、お互い意識しだした。私は彼を見て「あの拳法家、ついに後ろにジャンプする動きをマスターしたんだ」と思ったし、彼は彼で「あの若者、正しいフォームで懸垂が20回できるようになってきている」と思っただろう。

 それはさておき、公園で気になったのがゴミだ。まぁゴミが多い。小学校時代にゆらめき公園で遊んでいた私にとって、それはとても哀しい事実だった。だからある日、公園に入ってから懸垂ができる場所までの道すがら、私はゴミを拾った。両手にゴミを持ち目的地に到着した私を見て、拳法家が心の声で語りかけてくる。

――おぬし、身体だけではなく、こころまで鍛えているのか。強い者は皆こころが優しい。

――そんなことはありませんよ。ただの気まぐれです。でも、そうですね。誰にも知られずに、こういうことができる男って超かっこいいですよね。

 私たちが心の声で語り合っていると、ザッザ、というビニール袋がこすれるような音が聞こえてきた。

 音のする方を見ると、背中にゴミ箱(のようなもの)を背負った奥様がこちらに向かってきていた。背中のゴミ箱と、手に持っているビニール袋は既にゴミでいっぱいだ。

 それは明らかに「仕事」ではなかった。奥様は誰にも知られることなく、誰からも感謝されることなく、定期的にゴミを拾っているのだろう。やべー、超かっこいい。

 拳法家と私は呆けた顔で奥様を見ていた。気が付くと、近くのベンチに中学生カップルが腰かけている。謎の剣を持つ拳法家と、両手にゴミを持つ男。薄暗い公園で、(おそらく)ささやかな愛を確かめ合っている2人の若者の目には、私たちは文字通りゴミにしか映っていないのだろうな。

 泣きたい気持ちを抑えながらゴミ箱まで歩く。律儀にゴミをゴミ箱まで持って行った自分自身をせめて称えてあげる。拳法家が目だけで言う。

「顔を上げろ、猫背じゃそのたくましい背中が泣くぜ。おまえさんは立派な“男の背中”を持っているんだからな」。涙があふれ出した。

  「(一応ゴミを拾ってるし)ブログをよくよく読むと悪い人ではなのかもしれないけど、とにかくストーリーに狂気を感じるしこの人生理的に怖い」。ーー村上龍の小説『インザ・ミソスープ』は、そんな“直視できない不気味さ”を感じさせるサイコ・サスペンスだ。物語を全部使って、一個の人間の異質さを精緻に描いている。怖いもの見たさで読むには怖すぎます。お気をつけて。

 

『インザ・ミソスープ』村上龍/著


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