三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『ソークラテースの弁明』〜知的男子は結局モテる、らしい〜

 女の子から電話がかかってきた。その女の子からは定期的に連絡が来る。内容は雑談のみ。私は読書家だが、彼女は読書をしないので本の話は出ない。

 その日たまたま「最近も本読んでるの?」と彼女が聞いたのは、単なる気まぐれだったと思う。多分「今日はいい天気だね」くらいの意味だ。

 私は「ちょうど今読み終わった」と答えた。彼女が「何を?」と聞くので『ソークラテースの弁明』と伝える。「小難しい本を読んだらモテる気がするから読んだ」とふざけて笑うと、案の定「モテるわけないじゃん」と返ってくる。そして続けて「ちょっと内容教えてよ」と笑う。

 私はほんの“さわり”を話した。彼女が何故か「それで?」と促す。仕方がないからまたちょっと話す。「それからどうなったの?」と聞かれたのでまた続け、とうとう5分くらい話してしまった。

 女の子はそれまでのふざけた声のトーンを少し落とし、「ねぇ、その話は本当に好きな女の子にしか話しちゃだめよ」と言う。

「なんで?」と私。

「あたしに彼氏がいるからよかったものの、こんなにさらっと話されるとちょっとキュンとくるのよ。普段全く本の話をしてこないからなおさら」

「まじで?」

「まじで。だから気のない女の子には話しちゃだめよ」

「わかった」

 そうするよ、と言って電話を切る。わっしょい。よし、女の子たちに話しまくろう。

 次の日から、私は女の子と会うたびに『ソークラテースの弁明』の話がしたくて仕方がなくなった。しかし私もバカではない。女の子にとって、急に興味もない話を力説されるほど苦痛なものはない、というくらいは知っている。焦るな、チャンスは必ず来る。さりげない会話からつなげるのだ。

 だが、日常会話で『ソークラテースの弁明』の話はまず出ない。というより、「ソクラテス」という単語が出ない。私はチャンスをひたすら待ち続け、半年が過ぎた。

 彼女から久しぶりに電話がかかってくる。『ソークラテースの弁明』を話す機会がなかったことを話すと「何それ?」と笑う。

「いや、だから前に内容話したら『それ絶対モテる』って言ってたじゃん」

「そうだっけ。それでどんな内容なの?」

「……覚えていない」

「何それ」

 そう、私は半年の間に本の内容を一切忘れてしまっていた。彼女に漠然と弁解する。

「『ソークラテースの弁明』はすごく良くってね、そしてすごくモテるんだよ」

 彼女は「そうなんだ」と笑い、「それでね、」と雑談を始める。

 ……信じてくれ。『ソークラテースの弁明』はモテるんだよ。私の願いもむなしく、話題は最近彼氏に買ってもらったというマークバイマークジェイコブズの時計に変わる。

無知の知」で知られるソクラテスは今から2400年程前に亡くなった哲学者です。彼が裁判で死刑になる様子を描いた本書は、時代を感じさせないほど読みやすく、娯楽小説しか読まない私でもすらすら読めました。と、最後に「本当は内容をちゃんと覚えている感」を出してみる。本書の「モテる可能性」に一縷の望みを託して。

 

『ソークラテースの弁明』プラトーン/著