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三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『誰がために鐘は鳴る』

読書男子 大晦日 除夜の鐘

 大晦日です。除夜の鐘をつかなければなりません。私はこの2年、友人と除夜の鐘をついて年を越しています。一昨年は432回目を、去年は173回目をつきました。一般的に、鐘は108つと決まっているようですが、若いお坊さんが「本当は108つですけど、色々みなさんありますものね」とマイクで言っていました。

 しかし今年は鐘がつけません。一緒に行っていた友人2人が揃って結婚したのです。おめでたくはありますが少しさみしくもあります。夜は余計なことを考えてしまいますよね。

 ――夜だからといって、昼と違うことを考える必要はないのだ――とは、いったい何のセリフだったでしょうか。確かヘミングウェイだと思うのですが、『誰がために鐘は鳴る』ではなかった気がします。

 今年は鐘つきの前にあの伸びきった年越しソバを食べることも、かわいい女の子につられて屋台で不味いお好み焼きを買うことも、りんご飴の作り方に恐れおののくこともありません。今後は“思い出”として話すことしかないでしょう。

 もし今が昼だったら、快晴の公園のベンチだとしたら、全く違ったことを考えていたのだろうな、と思います。夜だからといって、昼と違うことを考える必要はないんですけどね。

  あっ! 思い出しました。(明らかに無理があるし何の脈略もなくとにかく急すぎるけど唐突に)思い出しました。あのセリフはヘミングウェイの『日はまた昇る』です。うん、そうです。日はまた昇ります。たぶん「『誰がために鐘は鳴る』と除夜の鐘をかける→今年はできない孤独感に苛まれる→でも日はまた昇る」に繋げたかったから急遽思い出せたのでしょう。ありがとうご都合主義。初日の出、見られるといいですね。

 ちなみに、小説『日はまた昇る』は、「大丈夫だぜ、何度でも立ち上がれ。だって日はまた昇るんだもの」ではなく、「こんな代わり映えのしない毎日が、これからも続いてしまうのだわ」という作品です。念のため。

 ヘミングウェイの名言に、こんなものがあります。

「今ないものについて考えるときではない。今あるもので、何ができるかを考えるときなのだ」

 無くなったものばかり憂いても仕方ありません。私はブログを書きながら、ちびが突然くれた「強いものだけを全滅させるゲームカード」を握りしめ、「これで何かできないか」と自らに問います。それではよいお年を。

 

誰がために鐘は鳴る』『日はまた昇るアーネスト・ヘミングウェイ/著


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