三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『コルセット』~あなたは昔の出来事をどれだけ覚えていますか?~

 何の変哲もない1枚の写真がある。写っているのは葉の落ちた4本の木だ。でも僕にとってはとても思い入れのある写真なのだ。4年住んだアパートの小窓から毎日見ていた風景なのだから。

 4本ならぶ木の、右から2番目の形が特徴的でよくその絵を描いていた。そして季節ごとに葉の色が変わるその木は、僕の学生生活と常に共にあった。アパートを引き払うときに写真に収めたんだったな、とパソコンの画像を整理しているときに思い出す。

 多分パソコンを整理しなければ――そしてそもそも写真を写っていなければ――思い出すことはなかっただろう。

 思い出として残るものは、人生のなかでいったいどれだけあるのだろうか。ほとんどの出来事を、もう忘れてしまっている。30年近く生きてきたけれど何にも覚えていないんだな、と少し悲しくなる。

 実家の窓から青空を見上げて思いを巡らす。小さいころは、不思議がそこここにあった。

 朝早くクワガタを取りに行くたびにいつもどこからか聞こえてくる鳥の声。遠くの丘の上に見える古めかしい謎の建物。まるで重大な秘密が隠されているみたいに、気になって仕方がなかった。

 それは大人になってから「鳥の声=ハト」「丘の上の謎の建物=ただの民家」と判明し拍子抜けしんだっけな。でも、たしかに“素敵な不思議”ではなくなったのだけれど、小説『コルセット』の言葉を借りれば、

「いま大事なことや素敵なことが、あとで大事じゃなくて素敵じゃなくなっても、そのときそうだった事を残しておくのは必要なことなんだよ」ということなのだろう。

 僕は今の気持ちを忘れないように、日記帳を買い、食べる時間を惜しむくらい集中して最近の出来事を書き続けた。昼過ぎに書き始めた日記を終えるころには夕日が見えていた。

 夕食時、僕の鬼気迫る書き方に気づいた母に「あんたまさか日記書いてるの。ちょっと気持ち悪いよ」と言われたので、私は今ブログに書いた内容を一言一句違わず話して日記を正当化した。一部始終を聞いていた姉が、

「今の会話を踏まえて言うけど、それは『引くわ』とか『キモい』じゃなくて、『本当に気持ちが悪いよ』」と言った。それでも書きたいのだよ。思い出って大事じゃん。

 「コルセット」とは、たぶん“決まりごと(制約)”の象徴だ。それさえ守っていれば(窮屈で胸が苦しいけれど)円の外にはみ出なくて済む。この小説は、そんな世界に住む現代のセレブの話だ。内容はもう覚えていないけれど、引用したセリフだけは今でも思い出として残っている。

 知り合いの女の子がブログを見てくれていると聞いたので、たまには真面目なブログを書いて“人生を深く生き抜いている”雰囲気を醸し出す。知性が滲み出ちゃってたらどうしよう。意図せずなんだけどな。

 

『コルセット』姫野カオルコ/著