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三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『トリツカレ男』〜49.9〜

読書男子 モテる 恋愛

 誰しも何かに悩んでいる。悩みは個別的なものなので、人と比べて卑下したり、あるいは憤る必要はないだろう。もしあなたの友人が悩みを打ち明けてきたら、きっとあなたは彼ーーあるいは彼女ーーに寄り添うはずだ。だが、その中で唯一、相手を敵に回す悩み相談がある。

「私、痩せてて困ってるんだよね」だ。

 本人は本当に悩んでいるというのに、世間はそれを許さない。そう、私は本当に悩んでいるのだ。

 174センチ、53キロ。これが私の平均体重である。だからよく(特に女の子に)「痩せてるね」と言われる。うっかり「食べても太らないんだ」と言おうものなら、「は?殺すよ」と言われる。

 でも、本当に悩んでいるのだ。言い分ならいくらでもある。そもそも骨格が華奢な作りのやせ型なこと、顔がデカイから相対的に身体が痩せて見えること。でも私が話せば話すほど「殺すよ?」の本気度が増す。

 私は「食べても食べてもやせ衰えていくんだ」という、自分なりの処世術を見つけたが、このやりとりを人生で1万回くらいしている。体重が49.9キロまで落ちたとき、やりとりに遂に嫌気がさした。これだけ痩せているのに体脂肪率が14%と、男の標準15〜20%と比べさして変わらないことも拍車をかけた。

 私は決心した。「太ろう。食べても無理なら筋肉で太ろう」。以前スポーツジムインストラクターの仕事で得た知識と技術を駆使し、最短最速でマッスルを極めた。

 胸板は厚くなり、腕は盛り上がり、背筋もついた。体重は49.9→69.9と20キロもアップし、体脂肪率は逆に10%まで落ちた。自分史上最高ボディーを手に入れたのだ。世界にはこんな格言がある「世の中の悩みの7割は筋肉で解決する」と。

 季節は夏だった。夏は私のマッスルを美しく魅せる。半袖シャツで職場に行く。

 職場のお姉さんが私のマッスルを順に触る。胸。(厚いでしょう?)腕。(盛り上がってますよね?)背中。(惚れてもいいのですよ)。そして私に語りかける。

「たかしくん、あなたはやりすぎた」

 ーーそう、私はやりすぎた。なんとなくそんな気はしていた。温泉に行くたび友人に「ダビデ像のポーズ」をさせられるのは普通じゃない。これでは筋トレにとりつかれているようだ。何事も「適度」がいいのだ。

 私は一切鍛えるのをやめた。今では体重55キロ。何事も「適度」がいいのに15キロも落ちてしまった。

 そして女の子に「痩せてるよね」と言われ、それはね……、と語り始めるのだった。

 小説『トリツカレ男』は、私のようにやりすぎる男が主人公だ。彼はいったい何に“とりつかれた”のか。温かい気持ちになりたいときにおすすめです。

 

『トリツカレ男』いしいしんじ/著


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