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三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『檸檬』~「城のある町にて」~

読書男子 檸檬 公園

 ――ほんの些細なことがその日の幸福を左右する――とは、確か小説『檸檬』を収録した短編集に書かれていたように思う。その本を読んでから、私は毎日丁寧に暮らそうと決めた。

 やっていることはシンプルだ。寝る直前に間接照明を消し、メガネをコトリと置き、スリッパをベッド脇に揃える。朝起きたらスリッパを履き、観葉植物(アレカヤシ・180センチ)に霧吹きをし、きちんとパジャマを畳んで着替える。つまり、全てを丁寧にするだけ。でもたったそれだけでいい気持ちになる。客観的に見たら自分に浸っているように見えるかもしれないが、別に誰が見ているわけでもない。

 外は良く晴れていて、私はいつも通り靴ベラを使い丁寧に靴を履き家をでた。

 家の前には民家が立ち並んでいる。一軒、私の肩くらいまで塀のある家がある。その塀は風通しを良くするためか(あるいは単なるデザインか)わからないが、5か所に規則的な穴が開いていた。門扉から3匹の柴犬が見える。日向ぼっこをしていて気持ちがよさそうだ。犬たちは私が塀の前を通るとき、その穴から顔を出すことがある。1匹、あるいは2匹。壁から犬の顔だけ出ているのは滑稽というよりかわいい。私はひそかに「今日は何匹顔をだすかな」と、運勢を占うように試している。

 今日は塀から3匹とも顔を出した。なんだかいいことがありそうだ。ほんの些細なことがその日の幸福を左右する。

 5分ほどで目的の場所に到着し、私はベンチに座って本を読みながら友人を待った。彼は集合時間よりいつも30分ほど遅れてくるので、ゆっくり本が読めそうだ。

 小春日和の公園は暖かく、野球場のような広さと一面の芝生を有するそこは、親子連れの幸せな笑顔で満ちていた。何もかも満たされている。

 遠くの方に自転車を漕ぐ友人が見える。約束の時間を過ぎているが、特に急ぐ様子もない。何もかもがいつも通りだ。

 友人は自転車を止め、私のところへ歩いてくる。今日も遅れたことを詫びることはしないだろう。でもそれでいい。何もかも満たされている。友人が笑いかける。

「あれ、おまえちょっとハゲた?」

 ――ほんの些細なことがその日の幸福を左右する――

 梶井基次郎は「檸檬」を爆弾に見立てた。まったく、とんだ爆弾を落としていったものだ。

 ……いいシャンプーに出会いたい。

 

『檸檬』梶井基次郎/著 収録作「城のある町にて」より


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