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三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『麦の海に沈む果実』~光源氏計画~

 15歳の女子高生はおずおずと車に乗ってきた。激しい雨の日だった。仕事を終えた私は図書館を施錠しようとしていた。5分ほど前に退社したはずの女性同僚が、裏口から出た私のもとに駆け寄ってくる。

「たかしさん。女子高生が図書館の自動ドア前に立っています。とにかく美少女です」

 こういうことはたまにある。親が迎えに来るまでの時間つぶし。そんなことより私は今日観たいアニメがあるのだ。早く帰って観ることを楽しみにしている。つまらないことで邪魔をしないでいただきたい。ぷんぷん。

 いや、“よくない”ぞ。美少女だ。しかも「雨の日に図書館の入り口に佇むとびっきり美少女な女子高生」だ。夢のようだ、と男なら誰しも思う。ただ、アニメの最新話が私を待っている。

 ちょっぴりツンなヒロインのお言葉が今週はどうやって主人公を、そして私の心を揺さぶるのか気になるのに、聞こえてきたのは「なんだかあの子心細そうですよ」という女性同僚の声だった。でも、「お嬢ちゃん、こんなところでいったい何をしているんだい?」と見知らぬ男が話しかけたらアウトになる時間帯だ。しかも私は急いでいる。だってちょっぴりツンなヒロインの$%※&#*……。だが同性から「大丈夫? お母さん迎えに来ないのかな」と聞かれたら万事解決だ。

 私はアニメを早く観たい一心で、女性同僚に「すみません、あの子とても心細そうなので迎えちゃんと来てもられるのか聞いてもらえませんか? 最悪、僕が送っていきます。その時は同乗してもらえると助かります。お礼に今度好きなお菓子を大量に買ってくるので」とお願いした。早く帰りたいのを隠し、3人という安心感を両者に与え、セクハラにならないお礼をしながら女子高生を車に乗せるよう導くという高等テクニックだ。お礼にご飯、とみな気軽に言うけれど、「おめーとは行きたくねーんだよ」となる可能性もあるのだ。

 3分後、女性同僚が戻ってくる。バスを乗り間違えて、怖くなってとりあえず図書館で降りたらしいです。お母さんとも連絡がつかなくて心細いそうです。駅まで行きたいけどバスがないみたいです。そしてとにかく美少女です。という。

 オーケー。私は送ることにした。15歳の女子高生はおずおずと車に乗ってきた。彼女は確かに美少女だったが、居心地が悪そうだった。

 その顔を見て、私は「生まれて初めて本物の美少女と出会った」と思った。かつて読んだ小説に書いてあったのだ。便宜的にまとめる。

「本物の美少女には傷がある。目立つし、妬まれる。その中で自分を客観的に見ることは難しい。ただ存在しているだけなのに、人を傷つけたり、先入観で攻撃される恐れもあるから用心深くなる。相当嫌な思いもしなきゃならない。本物の美少女とは自分の美しさにどこか“ひけめ”を感じて居心地を悪くしている」

 つまり、この“居心地の悪さ”こそ彼女が本物の美少女たるゆえんなのだ。俺がロリコンじゃなくて本当に良かった。

 3人を乗せた車は駅に向かう。後部座席の女の子は居心地を悪くしていた。しおらしい。これぞ美少女。

 20分で駅に着く。着いたよ、と振り向く。女の子は、後部座席に置いていた私の大きなブランケットを肩までかぶりぬくぬくしていた。いいじゃない。これぞ美少女。

 女性同僚がアドレスを渡し、お母さんと連絡がつかなかったら家まで送っていくからメールしてね、と言った。女の子はとびっきりの笑顔で「ありがとうございました」と私に言い、駅へと歩き出した。「母と連絡がつきました」としばらく後に来たらしい。

 私はロリコンではないので何も思わなかったが、アパートに帰り着いて思う。

 なんともったいないことをしたのだと。

 年下すぎる女の子もいずれは大人になる。若いうちに知り合っておいて、大人の女性になるまで待つという、あの伝説の「光源氏計画」ができたのではなかろうか。あの時俺のアドレスを渡しておけば……

 後悔の念にさいなまれた私は、その日アニメを観ることを忘れた。

 

『麦の海に沈む果実』恩田陸/著


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