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三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『沈黙』

映画 読書男子

 第3ボタンまで開ける彼のことは、割と早い段階で気づいていた。当然といえば当然で、彼はテニスサークルの後輩だった。

 知らない方も多いと思うが、テニスウェアのボタンは3つある。男は大抵1つ、暑い時は2つ開けていた(僕は「逆にカッコいい」という、今では何が「逆に」かもわからない理由で第1ボタンまで閉めていた)のだが、彼は常に第3ボタンまで開けていた。常時3つを開放していた。

 新入生歓迎会で、彼が好きな色について「赤っていうか、紅が好きです」と言ったと知りファンになり、続けて「黒っていうか、漆黒が好きです」と言ったと聞いて、彼を崇拝した。変態的にカッコいい。詳しく話を聞いてみると、どうやら祖母はカザフスタンの方らしい。第3ボタンまで全開の彼の胸にロザリオが光っているのも、僕を虜にした。

 そんな彼は、初心者ながらとても練習熱心な男だった。そして僕のことをそこそこ慕ってくれてもいた。僕はよく彼の練習に付き合った。

 彼の上達には眼を見張るものがあったが、それよりも僕の――いや、僕らの――目を引いて離さないものがあった。ロザリオだ。

 全開の胸元から、いつもロザリオが見える。ボールを打つたびにそれが光る。気になって仕方がない。僕は彼と仲良くなるのを待って、ロザリオの件について触れることにした。本当のことをいうと、ロザリオを通して彼をイジってみたくもあった。僕は悪い男だ。

 夏になり、僕は声をかける。

「あのさ、そのロザリオっていつも付けてるの?」

 これですか、と、何か眩しいものでも見るように目を細め、彼は言った。「これは亡くなった祖母の形見なんです」

 この世には、興味本位で聞いてはいけないことがある。知らなかった、じゃあ済まされないこともある。

「そっか」と僕は答え、こころのなかで、ごめん、と呟いた。後に残ったのは、夏の太陽に照らされて隠すことができなくなった、僕のうしろめたさだった。

 遠藤周作の『沈黙』は、そんな気分にさせる小説だ。島原の乱の後、17世紀の長崎が舞台の作品。2017年に映画化されるらしい。

――僕はどうしても、彼の名前が思い出せない。照りつける陽射しと、ロザリオは鮮明に浮かぶのに、彼の名前だけが、どうしても、思い出せない。あの、ロザリ男。

 

『沈黙』遠藤周作/著


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