三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『斜陽(しゃよう)』

ーー私の恋をしている人の身のまわりの雰囲気に、私の匂いがみじんも染み込んでいないーー

 とは、太宰治の『斜陽』のさして有名でもない一文だが、大抵の場合、人はそれぞれに誰かの匂い(影響)を体に染み込ませているように思う。

「影響」という言葉のもつ介入的な意味合いに違和感を感じ、「ふふん、わたしはひたすら我が道を歩いてきたわ!」という気高い人でも、例えばおやつはキャベツ太郎とか、トンネルでは息を止めがちだとか、ごくごく些細な部分は誰かの影響をうけているのではないだろうか(因みに私はチョコボールを買うのだが、これは8年間で11個ものおもちゃの缶詰を手に入れた松元君の影響である)。

 そういう意味でいえば、私には相当他人の匂いが染み付いている。昔から人に影響されてきたのだな、と台所で考えていたら、よねもり君のことを思いだした。

 よねもり君は中学時代の同級生だ。私はとても気色の悪い絵を描くのだが、その絵の師匠はよねもり君だし、今でも時たま目をつむって一人廊下を歩くのも、やはりよねもり君の影響だ。

 よねもり君はおかっぱ頭で、マンガ『いけ!稲中卓球部』に出てくる前野くんにおそろしく似ていた。そしていつも不敵に笑っていた。

 私はよねもり君のことが大好きだった。だが、よねもり君は、中学2年生のとき学校に来なくなってしまった。別のクラスになってしまった私がそれに気づいたときには2ヶ月が経っていた。しかも皆そしらぬ顔。

 イジメかもしれない。これはとてもデリケートな問題だ。

 本当にどうするか迷ったが、心配の気持ちが勝った私は、意を決してとある女子に聞いてみた。
「ねぇ、よねもり君どうして学校こなくなっちゃったの?」
「あーね」とおざなりに返事した後、彼女は言った。
「よねもり君、ほうきがおしりにささって入院してるんだって。ほうきでカンチョーし合ってたら、腸まで達しちゃったみたい」

……素敵。

 とは当然思うわけもなく、当時の私は笑い転げたのだけど、今になって思う。

 なんて素敵な人だろう。愛のスケールが違う。腸をズタズタにしてまで、他人を受け入れてあげるなんて。―― 私は己を傷つけてまで、何かを受け入れた事があるだろうか!

……いや、これはちがうな。なんとか良いこと書こうと思ったら変になってしまった。しかもなんとなく卑猥になってしまった。おしりの穴から受け入れる愛などない。

 うむ。やはりいい事を言おうと思って書いちゃ駄目だな 。

 人に届くのは、やっぱり心の底から出た一生懸命な言葉なのね。

 

『斜陽』太宰治/著