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三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『昔日の客』

 その日、僕はいつものように喫茶店でディカフェを飲んでいた。

 ディカフェとはコーヒーからカフェインを抜いたもので、週2で喫茶店に通っている僕は、店員さんから「ディカフェ野郎」と親しまれていると信じている。

 さて「ディカフェ野郎」こと私は、古本屋さんの書いた『昔日(せきじつ)の客』というエッセイを読んでいた。その中に花にまつわるこんな話があった。

――著者である関口さんの古本屋には、毎月同じ日に花を持って訪れる老紳士がいた。関口氏はひそかにそれを楽しみにしていた。
 ちょっとしたロマンスも起こらないし、特に深い意味はなかったのだと思う。ただ、毎月花が届くというのは、とても素敵なことだなと思った。
 だが案の定、ある月を境にはたと老紳士が来なくなる。
 そしてこれまた案の定、老紳士の奥さんから彼が亡くなったという手紙が届く……

 もちろん、話の続きを読み、僕は満ち足りた気持ちになったのだけれど、それよりも、出てくる花の名を一つも知らないことに驚いた。それで、「本を片手に花の画像を見る」のを繰り返した。繰り返した僕は、無性に花を買いに行きたくなり、そのまま花屋へ直行した。色々な花の中から僕はつぼみを1輪買った。そして水切りをして、キッチンハイターを2滴たらし、部屋に飾った。店員さんに聞いた花の名前は家に着くころには忘れていた。つぼみは開くことなく、10日ほどたつと自然に枯れた。

 

 2ヶ月後、仕事のイベントで会場を彩った花々の中に、そのつぼみを見つけた。その花々はイベントボランティアのご婦人たちが家で育てたものだった。婦人たちは、

・それが「ニゲラ」という花であること
・つぼみではなく花が咲いた後の種であること

 を教えてくれた。

 僕はつぼみではなく、種を買っていたのだ。そのあとしばらく花の話で盛り上がった。ご婦人方と笑いあいながら、僕は「昔はこんな年上の奥様たちとキャッキャウフフできる日がくるなんて考えたこともなかったな」と思った。 大人になっているのだ、と思った。

 まったく知識というものは、思いがけないところで、思わぬ形で役に立つものだ。

 僕が捨ててしまったあのニゲラは、もし土に蒔いていたら、今頃花を咲かせていたのだろうか。

『昔日の客』 関口良雄/著 夏葉社