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三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『ハチミツとクローバー』

「たかし、今話しかけてきた女の子って誰かわらかなかったでしょ」

 大学の後期授業の初日、モテ師匠である亜門さんが笑いかけてきた。私はまさに謎の美女に話しかけられたばかりなのだ。そしてその美女は私のことを一方的に知っていて、なぜか私を友達だと思っているようだった。新手のドッキリだろうか。

なぜ見ず知らずの美女が私に? と亜門さんに聞いてみる。亜門さんは「1年も同じ大学のゼミにいるのに気づかないとはなー」と言い、「1個上の俺がわかってどうする」と笑った。

 そう、その謎の美女と私は同じゼミだったのだ。長い夏休みの間に、謎の美女こと風田さんが進化しすぎて誰だかわからなかった。

 その日の最後の授業はゼミ。私のあとにゼミのクラスに入ってきた男連中も風田さんを見て全員度肝を抜かれていた。が、誰も何も言わない。というか、あまりに美女になりすぎていて何も言えなかった。

ゼミが終わり、いつものタリーズに行く。話題は風田さんでもちきりだ。Mが言う。

「風田さんは化粧が上手くなったとか服装が変わったとかのレベルを超えてるよ。内からのオーラが凄いよ。恋じゃないかな」

「あれは絶対に恋をしている女の子の輝きだ」。それが私たちの結論だった。人生で何度も見かけた「女の子は恋をすると綺麗になる」の限界を超えた輝きだった。どんだけ素敵な恋をしたのだろうか。

 私は、月明かりを見ながらーー恋をすると女の子は綺麗になると言うけれど、ダメだな男は、かっこ悪くなるばかりーーという、マンガ『ハチミツとクローバー』の真山のセリフを諳んじる。

 恋をして、“何かに打ち込んだ結果”かっこよくなった男は知っているけれど、恋そのものでかっこよくなった男は知らない。

 結局、風田さんの進化の理由は不明だ(本人には卒業まで聞かなかった)。「綺麗になった=恋をした」に反感を持った女性もいるかもしれない。でも、理由はさておき風田さんは本当に毎日が楽しそうだった。それはとてもいいことのように思う。

 私はそう考え、自身の現状について思う。そして真山のセリフの続きを言うーーあぁ、遠いなあ、と。

 全く落ち込んでもいないのに、真山のセリフにはどうしても哀愁が漂うので最後落ち込んだ感じになってしまった。しかし、たまには弱さも見せる男がモテると耳にしたし、これはこれでいいのかもしれない。 

 

ハチミツとクローバー』海野チカ/著 マンガ

『涼宮ハルヒの憂鬱』~アニメ乳~

 ライトノベルに親友を奪われてからひと月が経っていた。

 UKロックとコーヒーとをこよなく愛し、飲み会を至高の喜びとしていたSが、アニメ表紙の小説をすすめてきたのがそもそもの始まりだ。

 私ともう一人の友人Mは、アニメの絵の表紙を見て正直戸惑った。ところどころに入っているロリ巨乳の女の子の絵を見て「アニメ乳やないかい」と思った。Sが力説すればするほど、私たちはSと距離を感じた。本は好きだが、萌え? はちょっと嫌だった。

 Mと二人っきりになったとき、Mはしきりに「ないわー、あれはないわー」と言った。人を絶対に否定しないMがそう言ったというのは、よっぽどのことだったのだろう。私は激しく同意する。

 その10日後、なぜかMはSとキャッキャウフフしていた。「『涼宮ハルヒの憂鬱』ほんと面白いよね」と語り合っていた。

 10日前の「あれはないわー」はなんだったのか。私のもとに駆け寄ってきて「たかしくんも絶対見た方がいいよ」とおすすめしてくる始末。あぁМよ。お前も魂を売ってしまったのか。それから、なんとなく2人とは距離ができた。

 ライトノベルに親友たちを奪われてからひと月が経っていた。タリーズが併設されているビルに行った私は、コーヒーの前に書籍コーナーに立ち寄り読みたい小説を吟味する。

 左ななめ後ろから、誰かの視線を感じた。振り返るとSとMが立っている。私は思わず逃げ出す。Sが「待てコラ、逃げんな!」とマンガのようなセリフで追いかけてくる。

 Sに掴まれた私の左手には、『涼宮ハルヒの憂鬱』の3巻が握られていた。

 ライトノベルは親友たちの心を奪ったのちに、こっそり私の心をも奪っていたのだ。1,2巻では飽き足らず、私は3巻を買いに来ていたのだった。

 つまり、まぁ、なんというか、『涼宮ハルヒの憂鬱』は激烈面白かったのだ。

 結局、元来飽きっぽいSとMは2巻までしか読まなかったが、私は8巻まで読んだのだった。

涼宮ハルヒの憂鬱』は、五十音順に並べられた私の本棚の中で、太宰治谷川俊太郎の間に挟まれながら、アニメ乳を私に見せびらかす。

 

涼宮ハルヒの憂鬱谷川流/著 

『夜と霧』~シティボーイの前髪~

 都会に引っ越した。なんというか、大分“シティ”だ。

 買い物カゴの中に冷凍ハンバーグをこっそり入れられる嫌がらせをされたし、初めて入った定食屋では、OLのおねいさんが平日の昼間から一人ビールを飲んでいた。田舎ではまずないことだ。

 だがそんなことより、私に都会を感じさせたことがある。それは「シティボーイの前髪」だ。

 ビルが多いせいか、この街は風がとても強い。ワックスをほとんどつけない私の髪はいつも風になびいている。頭のてっぺんから前髪近くまで伸びている一束にいたっては、アンテナみたく常にピンと立っている。

 だがシティボーイの前髪は乱れない。髪型は私と同じだというのに、だ。

 あるとき街を歩いていたら、目の前から同じ髪型のシティボーイが歩いてきた。私の前髪は風でオールバックになっている。彼の前髪は乱れない。

 試しに彼と同じ方向に歩いてみたが、結果は同じだった。シティボーイたちは髪の毛をがちがちに固めているのだと、やっと理解した。

 でもどうなんだろうな、と私は思う。女の子とそういうことになった時に、がちがちに固めた髪の毛で臨む男ってカッコ悪くないか? 女の子が髪を触ってきたときに、指が通らないくらい髪の毛を固めている男ってどうなの、と思ってしまうのだ。

 一束ピンと立っているアンテナがシティボーイたちに反応する。横には漏れなく可愛い女の子が並んでいる。だが、無造作ヘアーの方が格好いいと思ってきた信念は曲げたくない。信念はそう簡単に曲げられるものではないのだ。

 信念、信念、信念……。私は念仏のように唱えながら街を歩く。気が付くと、お店に入りあるコーナーの前に立っていた。

 目の前にはハードスプレーが並んでいた。購入して振りかけたときのことを想像してみる。スプレーは髪の毛を固め、シティボーイの仲間入りを約束してくれるだろう。ただ、あれ程固かった信念はきっと、スプレーの霧のように霧散してしまうのだ。

『夜と霧』は、戦後間もなく精神医学者が出版した本だ。その素晴らしき内容はさておき、作者の前髪が固まっていることだけはしっかり伝えておく。

 

『夜と霧』V.E.フランクル/著

『怒り』〜モテそうなのにね裁判〜

「モテそうだよね」と、一時期女の子に言われていたことがある。当時まだ亜門さんと仲良くなる前だった私は、普通に褒め言葉として受け取っていた。だが、いくらかの経験を経て、褒め言葉ではないと気づく。

 私はそれが「でも、モテそうだよね」という、一種の含みのある表現だということ、そして「モテそうなのにね」につながっていくことを知ってしまった。だから同じく「モテそうなのにね」と言われていたソラマメ先輩(マメさん)と2人で話し合うことにした。「第1回 モテそうなのにね裁判」だ。脳内被告は女の子どもである。

 長期戦を覚悟していたが、開始1分のマメさんの一言で見事にこちらが勝訴する。

「時々さ、女の子に『モテそうだよね』って言われるけど、『じゃあ俺と付き合えんのか』ってなったら絶対にノーなんだよな。だからあの言葉は女の子のミスなんだ。そこに対しての反論は認めねぇぜ。だって現に俺たちはモテてないじゃあないか」

 ーーそう、我々は確かに勝利した。だが、それ以上にひどくダメージを受けた。だって「モテそうだよね、私はムリだけど」という結論に自分たちで辿り着いてしまったのだから。そして、でも他の女の子にならモテるかもしれないのだとしたら、今こうして話し合いが行われているはずがないのだから。

 人生には、真実を知らない方がよかったことが沢山ある。小説『怒り』に出てきた登場人物たちは、本当に真実を知って幸せだったのだろうか。『怒り』は本当に素晴らしい作品なのですが、内容的に救いも少ないし、かなり自分自身が擦り切るので、ふざけたブログのあとに紹介しました。とびっきり面白くはあるけれど、それ相応の覚悟で読んだ方がいいと思います。映画よりも、原作の方がラストが苦しいです。ただ、それを上回る面白さを僕は感じました。

 裁判や法では裁くことのできない、人間的な「怒り」が描かれた素晴らしい作品です。

 がっつり本の紹介をすることで、前半の「結果モテない」のくだりを薄れさせてみた。ソラマメ先輩は結婚したと聞く。彼はもう「モテそうなのにね」を卒業したのだろう。

 しかし何故だ。私は最近「モテそうなのにね」すら言われない。

 

『怒り』吉田修一/著 2016年 映画化

亜門さんについてはこちら↓

shikataeunita.hatenablog.com


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『僕が人形と眠るまで』〜30までに性欲ゼロ〜

 27歳のとき、30までに性欲をゼロにしたいと思った。その時期2度ほどトラブルに巻き込まれていて、巻き込まれるのは俺に性欲があるからだという謎の理屈からだった。

 しかし、性欲はそう簡単にはなくならない。私は人一倍女の子にモテたいのだ。そればっかり考えてしまう。

 そうこうしているうちに、29歳が4ヶ月過ぎた。私は焦った。あと8ヶ月で性欲をゼロにしなければならない。無理だ。女の子にモテたい。

 やばい、と思いながらテレビをつけると、たまたまラブドール特集が流れていた。

 瞬間、「これだ」と思った。性欲処理の道具じゃなくていい、ただそこにいるだけで得られる安心感を買おう、という逆に気持ち悪い発想に支配された。価格は60万。ギリ払える。

 次の日、私は仕事関係で仲良くしていたちかさんにそれを伝えた。

「ちかさん見つかりましたよ。性欲をゼロにする方法見つかりました」

「見つかったんですか! なんですか」

ラブドールです」

「は?」

ラブドールです。60万です。これで性欲ともおさらばです」

「ーーでもラブドールって体温ないですよ。多分けっこう冷たいですよ。私だったらいつでも添い寝してあげられるのに」

「マジですか! マジか、ラブドール冷たいのか。それはやだな。知らなかったら買うところだった」

 私はバカだ。大バカ者だ。ラブドールに気をとられていて、「私だったらいつでも添い寝してあげるられる」という言葉に気がつかなかった。ちかさんは冗談でもそういうことは言わない。

 そう、私は一瞬モテていたのだ。真剣になってもいいけれど、焦ると大切なことを見逃す。

ーーあれから半年。私は遠くの地で生活をしている。その体温のように、ラブドール熱はもう冷めている。

 昨日、夜中に目が覚めそのことを思い出した。私は冬の冷気にさらされながら、春の訪れを待つ。

 そうそう、人形といえば小説『ぽろぽろドール』だ。人間と(意思を持たない文字通りの)人形に関する短編集。最後の話の、おわりの2行が特に好きで、今でも時々読み返す。あとがきも好き。

 

『僕が人形と眠るまで』 短編集『ぽろぽろドール』の最終話   豊島ミホ/著