三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『誓いじゃないけど僕は思った』~女子を釘づけにするかっこいいポーズの取り方~

「たかしさん、たかしさん大変です!」

 業務後、楽しくおしゃべりしていた女の子が急に焦り出した。いったい何だというのだ。

「たかしさん出ちゃってます。“意図せずかっこいいポーズ”がでちゃってます」

 そんな馬鹿な。私は自分のポーズを見た。

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 でちゃってた。ヨガの「木のポーズ」みたいなのがでちゃってた。

 また別の日。休憩時間にある女の子と雑談をしていたら例の女の子が駆け寄ってきた。

「たかしさん大変です。また出ちゃってます」

 私はまた自分の体勢を見る。

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 また出ちゃってた。女の子に打ち明ける。

「信じてもらえないかもしれないけど、無意識にかっこいいポーズが出ちゃうんだ」

 女の子が微笑む。

「わかってます。無意識に“意図せずかっこいいポーズ”がでちゃうんですよね。でも、それ本当にやめたほうがいいですよ」

 わかっている。わかってはいるのだ。しかし、自分の無意識を自覚するのは難しい。その人の無意識の行動に気づけるのはいつも他人なのだ。私はこれまで何人の女の子の前で意図せずかっこいいポーズをとってしまっていたのだろうか。

ーー先日、姉一家が遊びに来た。談笑する姉と姪を眺めながら、私はやはり人の無自覚に気づけるのはいつも他人なのだと思った。

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 受け継がれている。そう思った。なんだかすげー嬉しくなった。これからもかっこいいポーズを続けていこう。誓いじゃないけど僕は思った。

 『誓いじゃないけど僕は思った』は、中学生の頃好きだった女の子を(それ以来会ってもいないのに)7年も好きでいつづける男の話だ。こう言うと、純粋さよりも狂気を感じる人が多いと思うが、スポーツや何かの挫折など、長い年月を経ても囚われてる(惹かれている)ことはあるように思う。それが“たまたま”恋愛だったと考えると、そこまで特殊なことじゃないのかもしれない。

 たまには最後にちゃんと本の感想を書くことで、この狂気じみたブログから読者が離れないことを祈る。

 

『誓いじゃないけど僕は思った』 3つの短編集『青空チェリー』豊島ミホ/著より

『家守綺譚』〜安西先生、バスケがしたいです〜

 悪い癖というか、謎の特殊能力がある。それは「一度読んだ本の内容を異常なまでに覚えていること」だ。友人はそれを面白がってくれるので「おォ~っとっとォ、ベン・ベックマン」と急に振ってくる。私は間髪入れず「『ONE PIECE』の59巻」と叫び、続けて「え? あれは!あの船……!」と、次のコマのセリフから再現する。

 小説も同じだ。例えば女の子が「私『レ・ミゼラブル』の詩が好きなんです」と言うと、その4行詩を一言一句違わずつい諳んじてしまう。しかしホテルマン時代にあることがきっかけでそれをやめた。

 同期(女の子)と休憩時間にテレビを観ていた。女の子がチャンネルを変えたら『スラムダンク』の三井寿の顔が映った。瞬間的に私が彼の表情を読み取って「来い!」と叫んだら、1秒後にテレビの中の三井寿が「来い!」と言った。女の子が私の顔を見て「キモッ」と叫ぶ。ありがとう女の子。何も言われなければその話の巻数と三井寿の身長と体重を言うところだったよ。

 とにかくそんなわけで、私はよほど仲のいい(しかも楽しんでくれる)人にしかその癖を出さない。その3年後、私は図書館司書になった。

 あるとき、とても静かな女の子が入ってきた。彼女は20人いるスタッフのうち、私ともう1人の女性にだけ心を開いてくれている様子だった。だがその私たちにすら、女の子は自分のこと――好きな食べ物や趣味などの一切――を話そうとはしなかった。無口なことは業務に支障をきたすほどではなかったが「円滑」とは言い難く、私と女性は女の子を気にかけた。

 3か月ほど経つと、女の子も少しずつ打ち解けてくれた。仕事もやりやすそうだった。そして休憩時間、何かの流れでなんと女の子の方から好きな本の話題が出た。

 私と女性はめくばせした。わっしょい。心を開こうとしてくれているぜ。女性が女の子にさりげなく聞く、どんな本が好きなの、と。

 女の子が少し恥ずかしそうに口を開く。

「えっと、好きな小説は『家守綺……」

私は与えられる理想より、刻苦して自力で掴む理想を求めているのだ!

 彼女の肩を揺さぶらんばかりの勢いで叫んでいた。女の子の顔が凍りつく。やってしまった。いくら女の子が好きな本だとはいえ、その一文は覚えていまい。「コック→刻苦」には脳内変換していまい。私はただ変なことを叫んでしまったピエロに映ってしまったようだ。

 それから数日間、女の子は恐怖で口をきいてくれなかった。でもさ、素敵な言葉だと思ったんだよね。『家守綺譚(いえもりきたん)』の中で一番好きな言葉だったんだよ。

 しばらくして、図書館司書おすすめの本が館内に展示された。女の子の書いたポップを見ると、選んだ本は『家守綺譚』で、紹介文の最後に――私は与えられる理想より、刻苦して自力で掴む理想を求めているのだ――と書いてあった。あやうく涙が出そうになった。

 ふざけた内容から最後をいい感じでしめるとギャップが生まれる。世の女の子は男のギャップに弱いと聞く。だれかキュンとこないかしら。

 

『家守綺譚』梨木果歩/著

『世界音痴』~悪魔のゲーム「ボーリング」~

 やってきた。あの悪魔のゲーム「ボーリング大会」がやってきた。

 職場の同期とその女友達8人で飲んでいたときのことだ。私は非・リア充生活にほんのひととき訪れたリア充っぽい雰囲気にいい気分で酔っていた。しかしその最中に、最年少の女の子(22)がいきなり「このあとボーリングに行きませんか?」と言ってきたのだ。

 だがそこは大人な私。若者よ、三十路前の男女はそんなところにはいかないのだよ。とこころの中で微笑む。すると男連中が「たまには行こうぜ」と言いだした。そんな馬鹿な、と私は思った。「2次会がある=可能性がある」じゃないぞ。どんな2次会かが大事なのだ。一瞬で酔いがさめる。で、まんまとボーリング場に来てしまったというわけだ。

もしやあなたは「スコアが低い」や「うわっ、ガーターだ」という目先の利益を気にしてはいないだろうか。それは大間違いだ。ボーリングはより多くのピンを倒した人が勝つゲーム、ではない。いかに自然に女子とハイタッチが出来るかを競うゲームだ。ぎこちないハイタッチは2点。片手ハイタッチはスペア。そして全員と両手ハイタッチが出来たらストライクなのだ。

 あれはピンを倒すという体裁を取った、男女がキャッキャウフフするための高尚な儀式であると同時に、男のモテ戦闘力を図るためにある、モテ界の縮図だ。

 あんな恐ろしい提案、どうして男連中は了承したのだろうか。連中に目線で「試されているのだよ」と促すが、「久しぶりだから楽しそうだな」と返ってくる。こいつバカだ。それとも、それ程自信があるとでもいうのか。プレイヤーの名前を決める段階から審査されているというのに。

 プレーが始まる。ボールが当たる間際に後ろ(女の子の方)を向いて両手を広げる男、やたら助走を取りたがる男、カーブをかけようとする男と様々だった。それはおそらく――私の感覚が正しければ――大変に気持ち悪いアピールだが、連中はすべからくハイタッチが上手かった。ボーリングの“真”のルールでいえば、すべてストライクだ。そして私の番がくる。

 深呼吸をする。男には逃げちゃいけない時がある。私も男だ。このゲームに勝ってみせようではないか。そして勝利のハイタッチをもぎ取るのだ。私のベストスコアは217。決めた。「異常にボーリングスキルが高い男」で攻めよう。

 私は、誰もが見とれる模範的なフォームで投げた。みなの視線が集中する。ストライクを狙ったボールは美しい弧を描きすぎ、ピンを2本だけ倒す。しばらくぐらついていたピンが5、6秒の間を置いて申し訳なさそうに1本倒れた。場が凍る6秒だった。

 一人の女の子が「ドンマイ」と片手を挙げてくる。震える手で彼女にタッチする。それは「気にするな」というスポーツ全般で使われるドンマイだったのか。それとも、他の女の子は誰ひとりハイタッチの手を挙げていないけど気にしちゃだめよ、という「おつかれさま(試合終了)」のドンマイだったのか。

 余談ではあるが、ハンマー投げの室伏選手が使うハンマーとボーリング場で一番重いボールは同じくらいの重さらしい。

 目をつぶり、この悪魔的ゲームを呪う。場内に「パチン」という小気味よいハイタッチ音と、ハイタッチを喜ぶ勝者達の雄叫びがこだまする。まるで投てき後の咆哮のように。

 室伏よ、あなたは今何を思って叫んでいますか。

 

『世界音痴』穂村弘/著