三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『漁港の肉子ちゃん』~「はい、あ~ん」の上書き方法~

 イケメンが好きなので、バーベキューの時にイケメンと話していた。

 盛り上がっている途中で彼の奥さんが来て、飲み物とお皿で両手がふさがっている彼に、アスパラベーコン巻きをあーんとした。

 その流れがあまりにも自然だったのと、絵になったのとで、私はキュンとしてしまった。

 少し離れたところにいた後輩の女の子が、何か言いたそうな笑みを浮かべてこっちを見ている。

 彼女のところに行き、どうしたの?  みたいな顔をすると、逆に「どうしたんですか?」と聞かれた。

 私たついさっき見た素敵な「あーん」と、それによってキュンとしたことを伝えた。女の子か笑いながら言った。

「私も見ていました。で、たかしさんがキュンとしたのも気づきました。キュンとしましたか?」

「うん、キュンとしたよ」

「すごく?」

「すごく」

「じゃあこれを見てキュンを上書きしてください」

 そう言って彼女はどでかい生牡蠣を見せてくれた。私のキュンは上書きされる。生牡蠣にではなくて、彼女に。

 だって、あーんのキュンの上書きの方法が生牡蠣を見せることなんて変態すぎる。大変よろしい。素敵だ。

 女の子の牡蠣が焼けていくのを喜ぶ横顔を見つめながら、私の頭には小説『漁港の肉子ちゃん』が浮かんだ。単に海の幸つながりなだけなんだけれど。

 主人公の母親である肉子ちゃんはとってもキュートでチャーミングだ。私は肉子ちゃんの「幸せってのはな、ご飯食べて、お風呂入って、ウンコして、寝ることっ」というセリフが大好きだ。

 ただ、肉子ちゃんはとってもとっても太っていて、顔がとってもかわいくない。フィクションの世界だけれど、私は肉子ちゃんに恋心は抱かないだろう。

 ――私は未だに美醜に支配されている自分の価値観を恥じながら、かわいい後輩の女の子から差し出されたアツアツの牡蠣を受け取った。

 

『漁協の肉子ちゃん』西加奈子/著

『スロウハイツの神様』~聞きたくなかったあのセリフ~

「若い人」という言葉を使うのは年を取った証だ、と何かの本で読んだ。たしかに三十路になってから、若い人という言葉を使うようになったなぁと思っていたら、知らない女の子からラインが来た。

 はて、誰だ? と思っていたら、一呼吸おいて他部署の新人の女の子だと気づく。高校卒業後にすぐ入社した女の子だから、まだ18歳だ。三十路と十八歳。犯罪的な匂いがする。

 ラインのIDは教えていたかったが、電話番号か何かで見つけたようで、つまりは突然ラインが来たのだ。

 私のことをかっこいいと言っていたのを人づてに聞いていたので(いいニュースを教えてくれた人ありがとう)、正直嬉しさがあり、2回くらいやりとりをした。が、そのあと連絡がこなくなった。数日後、またラインが来るも、数回やりとりをするとまた来なくなり、今度は3日後に来た。

 断っておくと、私はがっついていない。質問も特にしていないし、返信がおそろしく早いわけではない。私は年上好きなのだ。だから女の子が私を気持ち悪いと思っている線は消させてくれ。その数日のなかで、女の子が私に好意らしきものを持っていると人づてに聞いた。私の結論はこうだ。

 女の子は私に対して揺さぶりをかけている。

 私は「この子、18歳の小娘さんなのに揺さぶりをかけているよ」と思ったと同時に、一回りも下の女の子はどう努力しても妹にしか思えないことに気づく。私は大人の余裕を出しながら軽やかに好意をかわし、間もなく転職した。1年程前の話だ。

 31歳になった先日、前職の後輩と話す機会があった。私はふとその女の子のことが気になり、後輩に聞いてみた。

「ねぇ、Sちゃんは元気?」

「ああ元気ですよ。でもなんか欲求不満みたいで『誰でもいいから私を抱いて』といつも言っています」

 ――うまく言葉にできないけれど、誰に抱かれようが関係ないんけれど、なんとなく、いやとてつもなくその言葉は聞きたくなかったな。

 それくらい聞きたくない言葉を言われるのが、小説『スロウハイツの神様』だ。この小説は、人に指摘されたら胸をえぐられるような言葉がポンポン飛び交う。でもとってもおもしろい。作者である辻村深月さんの講談社ノベルスは、読んだほうがいい順番がある。今作は4~5番目だ。詳しくは「辻村深月 講談社ノベルズ 順番」でググってくれ。より一層、小説を楽しめるはずだ。

 

スロウハイツの神様辻村深月/著

『セレンディピティ~恋人たちのニューヨーク~』

 スタバで本を読んでいたら、ちょっと気になる場面に出くわしたので、その場で女の子にラインした。

「今、ちょっと気になる場面に出くわしたので聞いてください。特にオチはないけれど、『気になる』という点では、なかなかだと思います。

 仕事終わりに寄ったスタバで、僕の隣に男性が一人、その隣に女性が一人座っていまいた。年齢は30代半ば。お互い敬語で話していて、話している内容から推察すると、今日初めて会ったようでした。

 妙齢の男女が敬語で話していると、恋の予感がします。気にはなるけれど、ちょっと見慣れた光景でもあります。男が質問して、女が笑う。上手くいけば今後付き合うことになるかもしれない、そんな光景でした。

 だから僕はすぐに興味を失い、読書に戻りました。ところがしばらくして、男が『結婚してどれくらい経つんですか?』と女性に聞いたのです。そうなると話は変わってきます。

“初めて出会った恋に発展するかもしれない男女”から、“初めて会った、夫のいる女性とシングルの男性”に変わります。

 二人はどんな関係なんだろう? そう思いました。

 しかもその直後に、男が『僕は去年子供が生まれたんです』と言ったので、もう読書どころではなくなりました。

“妻のいる男と、夫のいる女が初めてスタバで話す”という状況ってどんな場合なのだろう。

 どこまで考えても推測の域を出ないので、“たまたま席が隣になっただけの二人”と強引に結論付けました。

 が、男が『もし、今度お茶しませんか、と言ったら可能ですか?』と言ったので、もっとこんがらがってしまいました。妻がいるのに二人でお茶するのかと。

 謎は謎のまま、二人は最後にお互いの名前をいい、自己紹介をして去っていきました。

――僕とは何も関係はないし、特にオチもないけれど、“気になる”という点では、なかなか気になる話でした」

 私はスマホで一気に書き上げ、女の子に送った。てっきり「へー」とか「長い」とか返ってくると思ったら、こんな返事が来た。

「私が前に見た映画で『セレンディティピティ』という映画がありました。

 偶然出会って、なんとなく惹かれ合う二人が、もしも運命ならもう一度偶然出会えるはずと、本だかお金だかに自分の連絡先を書いて、それが巡り巡って相手の元へたどり着いたら会おう、と言ってそのまま別れる……というストーリーです。

 きっと今日のスタバの二人は、男の人が既婚者だけど、たまたま隣に居合わせた女の人になんだか運命を感じて話しかけたんじゃないでしょうか? それで相手も既婚者とわかって、これ以上どうしようもないけれど、また偶然出会えるかもしれないから自己紹介だけして別れたんだと思います」

 ――もちろん、僕は思いがけず長文で届いた女の子からのメールを見て、恋に落ちた。が、6年以上ずっとお互い敬語で話す関係だから、難しいんだろうなぁ。

 

セレンディピティ~恋人たちのニューヨーク~』2001年公開