三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『ピーナッツバター』~シティボーイの左ふくらはぎ~

 シティにはいけすかないチャリが多い。

 ママチャリじゃなくて、あの荷物も載らないような、3点で重心を支えるいわゆる“クロスバイク”というやつだ。

 私はシティボーイたちのチャリはいけすかねぇなと思いながら、この間クロスバイクを買った。しかも結構いいやつを。結局スタイリッシュさには勝てなかった。

 バカにしていたんだけど、購入して乗ってみて気づく。クロスバイクまじで進む。スイスイ進む。スイスイススッススイ進む。

 気持ちいい。馬鹿にしてごめんよクロスバイク、と愛車に謝った。

 だが信号で止まったとき異変に気付く。

(両足が地面に着かない)

 あわてて左足だけ地面につける。爪先立ちで左足だけでなんとか全体重を支える。左ふくらはぎへの負荷がすごい。

 おかしい。自転車店でサドルのベストの位置をプロに決めてもらったのに。これはあれか、私がクロスバイク初心者だからか? 左ふくらはぎがプルプルしているぞ。

 私はそこらへんにわんさかいるクロスバイクに乗っているシティボーイズを見る。

 全員左ふくらはぎだけで全体重を支えている――。私が初心者だからではなかったのか。

 シティボーイズ達よ。君らはここまでしてファショナブルでいたいのだな。

 君らの左ふくらはぎには色んな思いや願いが詰まっているんだな。その小さなふくらはぎで様々なものを支えて生きているんだな。よし、今日から私も女の子にモテたいという思いをこの左ふくらはぎで支えるぞ。

 石崎ひゅーいは『ピーナッツバター』という歌のなかで「焦んな 平凡な毎日が 凡人を天才にするから」と歌っているけど、たぶん凡人は天才にはならない。見えない努力を繰り返しても、“天才”とはそもそも先天的なものだからだ。

 ただ、非凡にならなれるのかもしれない。

 自転車を買って3か月。体重を支えすぎてごりごりに血管が浮き出た左足を眺めながらそう思った。あともうひとつ思った。血管がキモくて短パンが履けないじゃん。真夏なのにさ。シティボーイズ達は「血管浮き出すぎ問題」にどう対処しているんだろう。

 ひとつ発見があるとまた新たな疑問が出てくる、それを繰り返すのが人生だ。

 と、何百回も聞いたことのあるセリフをさも自分の言葉のように言って最後締めてみる。

 

『ピーナッツバター』石崎ひゅーいの曲(石崎ひゅーいという名前は本名らしい)

 

『こころ』~洒落た告白の仕方~

 I Love Youを夏目漱石が「月が綺麗ですね」と訳した、というのは大分有名になったので知っていてもモテない。

 正確には、まだ“愛”という言葉が日本に浸透してなかった頃に「我、汝を愛す」を訳した弟子に対し「日本人がそんなこというもんか、そこは君、『月が綺麗ですね』とでも書いておきなさい」と漱石は言ったらしい。でもこれ知っててももうモテない。

 ただ、二葉亭四迷がI Love Youを『私はもう死んでもいい』と訳したのはまだそこまで一般的ではないと思う。

 割とミーハーな男が「月が綺麗ですね」とイキって告白してきたら、「私はもう死んでもいい」と返すくだりは、まだギリ洒落ていると思う。ただ、もってあと2、3年だろう。洒落たセリフの浸透スピードはマジ早い。

 こじゃれた店で食事をしていた女の子と夏目漱石の『こころ』の話をしながら、そんなことを考えていたら、ふと10年も前の出来事を思い出した。

「そういえばさ」と僕。「そういえば18歳のころ女の子からこんな電話が掛かってきたことがあったんだよ」

 食事をしていた女の子が私を見る。

「友達と外でご飯食べてたら女の子から電話が来たんだ。ちょっといいなと思ってた子だったからすぐに電話を取ったらいきなり『たかし外見て』と言われてさ」

「うん」

「ガラス張りの店内だったから偶然外から僕を見つけたのかな、と思ったんだけどそうじゃないみたいで家にいるっていうんだ。でも『レストランからいったん外に出て』って言われてさ」

「それで?」

「うん、それで外に出たら空を見るように言われて、『見たよ』って言ったら『月が綺麗ですね』って言われたんだ」

「素敵じゃない」

「うん、ただね、それで僕がうひょーとなって『僕はもう死んでもいい』って返事したら『なにそれ?』って言われて。だから夏目漱石のI Love Youのくだりと二葉亭四迷のくだりを女の子に話したんだけど、彼女はそれを知らなかったんだ。彼女は純粋にただ月が綺麗だって思ったみたいなんだ。結局その子とは何もなくてさ……、本当に変わった子だったよ」

 と、ここまで話してみて、んなわけあるかい! と気づく。んな偶然あるかい。あれはどう考えても告白だったじゃろうがい。汲み取ってあげんかい。普通そんな電話してくるかい。

 私は10年前の「少年たかし」のアホさ加減に驚愕する。私がもう少し大人だったら、もしかしたらあの時あの子と付き合えたかもしれないのだ。 

 ――目の前で食事をしていた女の子が笑いながら「出ましょうか」と言ってくる。

 いかんいかん、10年も前の後悔より今はこのちょっといいな、と思っている女の子とどうやっていいムードになって部屋に行っておみだらに繋げるかが大事だ。

 店の外に出た女の子が空を見上げながら笑う。

「今日は曇っているわね」

 いやいや女の子よ、今日はかなり綺麗に月が見えているぞ。と言いかけて気づく。

 ああそうか、これが大人のしゃれた振り方なのか。しゃれとんなー。

 一人夜道を歩いて帰る。『こころ』の名セリフ「しかし君、恋は罪悪ですよ」という一文が今日はいやに胸に刺さる。

 

『こころ』夏目漱石/著 映画、ドラマ、アニメ、漫画化などたっくさんある

『ふがいない僕は空を見た』~女の子にモテる部屋はこれだ!~

 あるラッキーがあった。女の子が私に貸していた映画を急遽取りに来たいというのだ。それもけっこうな夜に。

 まだ観終わっていなかった映画を鑑賞しながらワクワクする。家に来たことないから近くのコンビニに来てもらってちょっとおしゃべりしてあわよくば私の部屋でおみだらかしらん、と思っていたら玄関のチャイムが鳴った。

 まさかな、と思って外を見ると女の子が立っている。私は40秒で支度してドアを開ける。

「いきなりおしかけてごめんなさい」

「大丈夫だけどよく部屋わかったね」

「うん、前にマンションの前通ったことあったじゃない。部屋番号に名前があったからピンポンしちゃった、おしかけてごめんね」

 いや、それは全然いいのだけれど、ただ、無防備すぎるぞ女の子。夜に男の部屋にいきなりくるなぞ。という説教を頭の中で終えたあと、おみだらのことだけ考える。

 15分続きが残っている映画を2人で観る。正直もうラストなぞどうでもいい。どうおみだらへ持って行くかと考えていたら、女の子が「部屋、おしゃれだね」とつぶやいた。

 ん、どこがだ? 私の部屋はキュートでポップな部屋だぞ。

「はっ」と私は致命的なミスに気づく。なんかいい匂いのミストが出て間接照明の役割も果たすやつがつけっぱなしになっている。

 女の子が続ける。「あとさ、このマンションの前に着いたときに思ったんだけど、部屋の電気つけてた?」

 彼女からの思念が伝わってくる。

 ――やっと気づいた? あなた、意識高い系の部屋を40秒で上手く隠したみたいだけどバレてるわよ。今は電気付けてるけど、普段間接照明で生活しているわね。テレビの裏から天上と地面に向かって間接照明を付ける『女子にモテるインテリアのコツ7選(初級編)』みたいな生活。キッチンも見たけど、なに植物ぶら下げてるの? コンロにあった赤のレトロな鍋と白のケトルは差し色のつもり? それと、なんで部屋に自転車があるわけ、しかもママチャリじゃないなんかいけすかない感じのチャリ。それで私を抱けるとでも思ってるの? 自覚なさい。

 私の自意識は彼女の眼差しから全てを汲み取ってしまう。

 違うんだ、違うんだよ。女の子が来るときはちゃんと意識高いモノは隠しているんだ。植物もケトルも隠して普通の電気は付けていい匂いのやつは消してるんだよぉ。これは純粋に僕が心地よく生活するためだけのものなんだ。自転車もただ駐輪場がないだけなんだよ。君が急にピンポンしてきたからじゃないか。と頭の中で誰にも伝わらない言い訳をする。

 映画はエンドロールを迎えていた。今日のエンドロールもまた近い。

 彼女は私の本棚を見て「これ読みたかったんだ」と『ふがいない僕は空を見た』という小説を借りていく。

 外まで彼女を見送る。彼女の自転車(ママチャリ)が見えなくなったあとで自分の自意識の高さを恨む。

 ふがいない僕は空を見る。

 

ふがいない僕は空を見た窪美澄/著 2012年映画化 

『怪物はささやく』~究極の心理テスト~

 あるとき女の子からこんな心理テストをされた。

「ねぇ、好きな女の子の条件を三つ答えてみて」

 私は少し考えてこう答える。

「優しい人。センスがいい人。最後の3つ目は散歩が好きな人かな」

「じゃあさ、もし4つ目があるとしたら何になる?」

 私はしばらく考える。

「あんまりないけど……、そうだなぁ、『顔』かな」

 女の子はとびっきり面白いものを見たような顔で爆笑する。

「その4つ目があなた本当の条件なのよ」

 確かに。どんなに性格がよくっても、人間と同じ身長のカマキリとは付き合えない。一応カマキリは好きだよ、虫として。ただまぁ、恋愛対象にはならんな。

 んで、私もその女の子のように爆笑したいと思い、色んな人にテストをしてみたけど、正直あんまりおもしろくない。

 4つ目が「優しい人」という人もいるし、そもそも4つ目が出てこない人だっている。自分で言うのもなんだが、1番目に性格を出しておきながら4つ目に「顔」と答えるくらい、出題者にとって気持ちいい答えはないのではなかろうか。

 そして三十路にもなると、もはや心理テストの話題にならない。残念に思っていたら、つい先日、奇跡的に心理テストの話になった。

 その場にいたのは計5人。親友の男と私、それとまだ仲良くない3人の女の子だ。心理テストの話題などもうそうそう出るものではない、もしかしたらこれが最後かもしれぬ。私は彼女たちに質問をしてみる。

「好きな人の条件を三つあげるとしたら何?」

んー、と一人の女の子が何か言おうとした刹那、親友の男が口を開く。

「たかしはあれだろ、巨乳とB専だろ。三つ目は浮かばんな」

 私はあまりの怒りで我を忘れそうになる。

「何を言うか! B専はともかく巨乳好きとは何事だ! 私はささやかなお胸が好きだ!」

 などと叫びたいが、私のおっぱい事情を訂正しても女の子には何の得にもならん。しかも女の子3人とも小さくないし。おっきい人も素敵だし、というか俺B専じゃないし。

 親友よ、その発言は私も女の子たちにも、そしてお前自身にも、きっと誰の得にもなっておらんぞ。

――昨日、映画『怪物はささやく』を女の子と観に行った。13歳の少年の話だ。木の怪物が少年の前にやってきて、「今からお前に3つのストーリーを話す。そのあとお前が4つ目のストーリを話せ、そのストーリーこそお前の抱える真実だ」という話だ。

 物語の終盤の感動シーンで、横から聞こえる女の子が鼻をすする音を聞きながら、何故だかあの心理テストを思い出した。

 最後にこんな心理テストを一つ。

「あなたにとってかばんはどんな存在ですか?」

 私にとってかばんは「とにかく大切で、一生使っていきたいもの」だ。これは答えを聞く前のマジの私の回答なのだが、あまりにかっこよすぎる答えなので、逆に出題できない。

 

怪物はささやく』2017年映画

『人間失格』と『4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』

 四月のある晴れた朝、勤め先の事務所で女の子に「たかしさんはどんなセックスをするんですか」と唐突に聞かれた。

 大して綺麗な女の子ではない。素敵な服を着ているわけでもない。というかほとんど話したこともない。彼女が入って4か月は経っていたのに挨拶以上はなかった気がする。

 それはもう何年も前のことだし、顔も忘れてしまった。私が今思い出せるのは、彼女が私のセックスをとても気にしていたということと、言われた瞬間に絶句してしまい上手く答えられなかったことだけだ。

 正確には、彼女の質問の入りが「たかしさんホテルに泊まったりするんですか?」で、そのあとすぐに「どんなセックスするのかなと思って」と言われた。

 あれからかなり時間が経って、「いや、僕は基本的に野外なので」という渾身の小ボケを思いついたが、どうもしっくりこない。

人間失格』で主人公とその友達が、単語のシノニム(類義語)とアントニム(対義語)を言い合うくだりがあるのだが(「晴れ」のアントニムは「雨」とかね)、彼らは「罪」のアントニム(対義語)を遂に見つけ出せなかった。

 脱線を終えて話戻る。私は罪のアントニムと同じくらい、あの時の彼女の質問の答えを見つけ出せないでいた。

 今日でたぶん4年3か月悩んでいる。

 今日は性癖がやばいという友達と話していた。どんなやばい性癖か分からず見当違いの質問をした私に彼はこう答えた。

「いや、そっちの性癖じゃないんだよ。セックスはさわやかなんだ」

 その瞬間、私は自分がついに答えにたどり着いたことを知った。4年と3か月前に、あそこまで私のセックスを知りたがった彼女になんと答えてあげるべきだったのかを。

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 四月のある晴れた朝、8時37分の事務所。職員は3人しかまだ来ていない。

 私のデスクの斜め前には上司、私の前には(おそらく私のセックスが心底気になってしょうがない)女の子。

 ほとんど話したことのない女の子が友達のような軽やかさで唐突にこう聞いてくる。

「たかしさんはどんなセックスをするんですか」

 私はにこやかにほほ笑んでこう答える。

「僕はとてもさわやかなセックスをしますよ」

――彼女に質問された時、私はこう答えてあげるべきだったのだ。

 

人間失格太宰治/著 『4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて村上春樹/著(短編集『カンガルー日和』に収録されている一篇)

↓その日の話。

shikataeunita.hatenablog.com