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三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

第5回 スタパで恋は生まれるのか~『ロマンス』~

 おそろしく愛想のいい女だった。私は27で、女は22歳。女とは週に一回ほど合う間柄だった。というかまぁ、なんだ。スタバの店員さんと客の関係だ。ただのね。

 その愛想のいい女の子はとても気さくで、お客さん一人ひとりに一言声をかけたり、笑顔を一瞬も絶やさなかったりで、スタバの店員さんからも――いい意味でも悪い意味でも――愛想の良さで一目置かれているようだった。なんか空気でわかるよね、そういうの。

 んで。当然私にも笑顔で声をかけてくる。「単純接触効果」という、会えば会うほど惹かれる心理学のセオリーどおり、私は半年かけてちょぴっとずつ愛想のいい女の子(以下「愛子」)をいいなと思い始めた。

 とはいえ、スタバの店員さんの愛想の良さのアベレージはすごい。うっかり勘違いして声をかけてしまったら、「は?仕事だし。死ねや」になってしまう。愛子の愛想が仕事用なのかプライベートも含むのか見定めなければなるまい。

 ただね、どうも仕事だけとは思えない出来事が続いたのだ。たとえば店に入ろうとしたときのこと。私に気づいた愛子はこっそり私に手を振ってきた(私は軽く会釈し、心の中でガッツポーズをした)。

 あるいは私が読書を終えて店を出たときのこと。店から30メートル程離れたところでたまたま自転車を漕いでいた愛子がわざわざ私のところまでやってきた。愛子主導のもと、15分ほど世間話をする。

 これはもう仕事用の愛想の良さを超えているといっていいでしょう。

 次の休み、私は意気揚々とスタパに行く。愛子は休みのようだった。まぁよい。普通に読書をしよう、と30分ほど本を読んでいるとどこからか聞き慣れた声が。

 愛子だった。愛子はお客として老紳士と話していた。へー、と思いながら読書を続けると、今度は別の席から愛子の声が聞こえる。顔をあげるとまた別の老紳士と話している。そしてしばらく経つとまた別の席へ。

 愛子は結局、別々の席で計4人の老紳士と愛想よく話していた。おそらくその愛想の良さからお客さんに声をかけられて、休みの日に話をしているのだろう。

 やっとわかった。愛子は本当にただただ“愛想のいい女の子”なのだ。すげーな、愛子。

 ――出会ってから私がその土地を離れるまでの1年の間で、私は愛子の笑顔以外を見たことがない。あまりの愛想の良さから「八方美人」と嫌われることもあっただろうが、老紳士たちに希望を与えていたのは間違いない。

 最後にスタパに行ったとき、私は『ロマンス』というマンガを読んでいた。愛子とのロマンスはなかったけれど、幸せになってくれたらいいと強く思った。

『ロマンス』はタイのマンガ家「ウィスット・ポンニミット(通称、タムくん)」の書いた本だ。この本は文科系女子の食いつきがおそろしく良い。「おすすめのマンガ何?」て聞かれたときにさらっと紹介すると、モテる確率は相当上がるぞ。

 

『ロマンス』ウィスット・ポンニミット/著 マンガ

 

shikataeunita.hatenablog.com

『レ・ミゼラブル』~図書館の神様~

レ・ミゼラブル』という物語のなかに、とても不幸な母娘が登場する。

 母親であるファンティーヌは、公園の椅子に座っていた水知らずの優しそうなおかみさんに娘コゼットを預け出稼ぎに出掛けた。

 コゼットの洋服代や薬代をおかみさんに再三請求され、ファンティーヌはブロンドの髪を切ったり、前歯を折って売ったりしてお金を送り続けた。しかし無理がたたって病にかかり、コゼットに会えぬまま死んでしまった。

 一方のコゼットは、裕福な生活どころか虐待にあっていた。おかみさんはファンティーヌから貰ったお金を自分の為だけに使い、コゼットには一銭も与えなかった。彼女は9歳になるまでその生活を続けた。

 作者は作中でこう語っている。

 もしあの時、ファンティーヌが椅子に座ったおかみさんと初めて出会ったあのとき、おかみさんがもし立ち上がっていたら、そのあまりの威圧感にコゼットを預けることは決してなかっただろう。

 たったそれだけーーある女が椅子に座っていたか立っていたかーーそれだけのことが母娘の人生をこんなにも変えてしまったのだ。

 思うに、多分ほんの些細な出来事がその人の人生を左右する。

 そして私は、ものすごい人生の帰路に立たされていた。

 公共図書館で働くか、国立大学図書館で働くのか。だ。

 どっちを選んでも人生が大きく変わる、そしてそれを、2時間のうちに決めないといけない。

 うひゃー迷う~~。

 でも、そういうときに限って、まるでなにかのお告げのような、暗示的な出来事がおこったりするものだ。

 私が国立大学の面接を受けたときに、履歴書を渡すと、貼ったはずの写真が剥がれた。
あれ? 昨日糊付けしたはずだよな、と糊をカバンからだすと、出てきたのはリップだった。 僕は糊と間違えてリップを塗っていたのだ。

 そんなことが起こるだろうか。そして多分これは何かを示唆してるんだな、と思った。本当に働きたい職場ならこんなミスはしないだろうと。

 というのが、かなり強引な理屈だとは分かってた。

 ただまあ、そうゆうわけで、僕は公共図書館で働くことに決めた。

 履歴書の写真に糊を塗ったかリップを塗ったか。それが僕の人生を大きく分けることになった。 
 結果として、僕は図書館でボロボロになって5年で辞めた。

 思い出すのもつらい日々のなかで不思議と一度も、“あのとき国立大学にしていれば”と思ったことはない。多分、死ぬほど頑張ったからだろう。

 ただなぁ、一つだけ思うんだよ。もし大学で働いてたら、女子大生を見放題だっただろうってね。

 

レ・ミゼラブル』ヴィクトール・ユゴー/著

雑誌に載ってモテる〜『そうか、もう君はいないのか』〜

 紙面デビューが決まった。数十万部発行される媒体にである。

 人物スナップの人員が足りなかったから会社の人にお願いされただけなのだが、デビューはデビューだ。私はそのコーナーに載る3人の1人に選ばれた。

 世の中、全ての人に愛される人がいないのと同様、全ての人に嫌われる人もいない。そして人の目に留まる数が多いほど、好かれる可能性は広がる。

 数十万の女の子が私を見るということは、その中に一人くらい(あわよくば2、3人)、私にときめく人がいてもおかしくはないのだ。

 私が載るのは若い女の子が見るコーナー。大人の魅力を見せつけてやるぜ。超絶イケメン風の顔をしながら、スナップ撮影に臨んだ。

 そして数日前、発行予定の紙面が事前に会社に届いた。私は先輩から奪い取るように雑誌を手に取る。ちゃんと私が載っている。そして異変に気付く。

 そのページに載っているのは3人。他の2人は顔のアップ、私だけ引きが強い全身画像……。

 これはあれか? 他の2人は22歳で私が三十路だからか? 本当は全員20前半のモデルにしたかったのに、足りずに急遽三十路の私をチョイスしたからか?

 ――間が悪いのか、その前日に友人から学生時代にみんなで撮った写真が送られてきた。

 今より10歳近く若い自分自身を見ながら思わずつぶやく「そうか、もう君はいないのか」

『そうか、もう君はいないのか』は、作家・城山三郎さんが亡くなったあとに出された手記だ。

 女性に「おまえ」と呼ぶと嫌がる人は多いし、私も呼ぶことはないけれど、

“数十億の中で ただ一人「おい」と 呼べるおまえ”という文章は好きだな。七十億人だけど。

 

『そうか、もう君はいないのか』城山三郎/著

超絶かっこいい振り方~『さくら』~

 愛人に間違われることがある。男友達の彼女に「第二夫人」とよく言われる。

 もちろん本気で思っているわけではなく、それだけ仲がいいもんねというギャグなんだろうけど、そこに割と強い嫉妬心が含まれているのがちょっとこわい。

 喫茶店で女の子と話していたら、嫉妬の話になったのでこのことを話した。女の子は冗談に本気をいくらか混ぜた声で、

「でもたかしくんさ、今野くんにめっちゃ愛されてるよね」

 と言ってきた。確かに仲はいいし、何故か遊んだ最後にハグを求められるけど(3回とも断っている)、職場の後輩だし今野くんには彼女がいる。

「う~ん、でもその彼女とも2か月に1回しか会っていないわけだよね。車で数十分の距離にいるのに」と女の子。

「そうみたいね」と私。

 もしさ、と今度はかなり本気度の強い声で女の子が聞いてくる。

「もし今野くんに『好き』って言われたらどうする」

 私はしばらく考え、こう答えた。

「今野くんとは付き合えない」

「今野くんとは? 男とはじゃなくて?」

「うん、性別については言わないと思う。『今野くんとは』って伝える」

 なにそれ意味わかんない。と女の子は変な顔をする。

 女の子が、今野くん今野くんばかり言うものだから、これから女の子とおみだらな関係になりたいのに今野くんの顔が浮かびそうでなえちゃうじゃないか。

 デートの帰り道、女の子と結局おみだらな関係になれなかったことの言い訳に今野くんを使ってみる。

 あれから半年。女の子から久しぶりに電話があった。

「前にさ、今野くんに『好き』って言われたらって話したじゃない?」

「うん」

「そしたら、たかしくん『今野くんとは付き合えない、って言う』っていったのよね。あのときは意味が分からなかったけど、今ならわかる……」

 性別に触れず、あくまで個人を判断する――女の子はそれにいたく感動したらしい。半年たって、なにやら私の評価は上がったようだ。

 ただ、私が言ったそのセリフ、まんま小説のパクリなんだよな。小説『さくら』に出てたんだよ、なんかかっこいいから言っただけでさ。ということは、墓場まで持って行こう。そのほうがモテそうだし。

 ちなみに今野くんは結婚して子供がいる。この間ひさびさにあったとき、やっぱりハグを求めてきた。私はモテそうになるきっかけを与えてくれてありがとうという意味で、ハグを受け入れた。

 

『さくら』西加奈子/著

 

可愛いは作れる~『きりこについて』~

「可愛いは作れる」レベルで「ハゲは隠せる」。大丈夫、そう信じて生きてきた。

 たとえ剃りこみが強くても、てっぺんから髪の毛を伸ばしていけばM字は隠せる。

 髪の毛の薄さが気になりだしてから、半年ほど髪の毛を伸ばしていた。その間、美容室には行っていない。襟足やサイドだけ自分で切っていた。

 美容室に行かなかった理由は二つある。ひとつは、不潔さが出やすい伸びきった襟足やサイドを自分で切れる技量があること、そしてもうひとつはハゲが恥ずかしくて美容室に行けなかったからだ。

 ただ、さすがに半年も美容室に行かないと色々とあらは出てくる。私はハゲの相談もかね今の自分に合った――というかハゲを隠せる――髪型を求め美容室に向かった。

 5000円もの大金を支払い(今までで一番高い美容室でも3000円だった)、腕利きを指名し、ハゲの相談をしてみる。

 30代後半とおぼしき腕利きは、私の頭を見て一言、

「いや、全然ハゲてないですよ」

 と言った。リップサービスかもしれないと思いながらも、ニヤニヤが止まらない。やったぜ、俺はハゲていないんだ。髪の毛を切ってもらっているあいだ中、私は「全然ハゲていないですよ」を脳内再生していた。

 腕利きの技は見事なもので、私の髪はなんだかいい感じになった。というか、ごくごく控えめに言って、超絶かっこよくなった。

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 ありがてぇ、ありがてぇ。私は腕利きに腰から丁寧に頭を下げ、感謝を伝えた。

 腕利きが言う。

「お客さん僕と頭の形が一緒だから切りやすかったです。そしてやっぱりハゲてないですよ。僕も剃りこみありますけどこの程度ですし」

 そう言って腕利きが髪の毛をアップにする。

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ハゲとるやないかい。

 ――腕利きは確かに私を超絶かっこよくしてくれた。そして腕利きに比べると私は全くハゲていない。

 しかし、この腕利きのハゲの基準は信用ならない。ひとまず、私のハゲは保留にしよう。だが腕利きよ、そなたはハゲておるぞ。

 腕利きみたく、自分を客観視するのは難しい。小説『きりこについて』の主人公きりこも、自分がたいへん美しくないと自覚するのにとても時間がかかった。が、大事なのはいかに楽しく生きられるかということ。そこに美醜は関係ないのだろう。と、ワックスでいい感じのマッド感を出しながら私は思う。

 

『きりこについて』西加奈子/著

 

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