三十路の図書委員、本棚から覗くモテ世界

30歳、独身、彼女なし。ややイケメン。この「やや」がやっかいだ。昨今、読書男子がモテるというけれど、クラスではドッチボールのうまい男子がモテていた。そんなこと小学生時代からわかってた。

『ウエハースの椅子』~モテる言葉づかい〜

 年齢によって、モテる言葉づかいは違う。全然。

 ある朝、職場の先輩から電話が掛かってきた。

「たかしおはよう」

「おはようございます。昨日は合コンをありがとうございました。誰の番号も聞けませんでしたけど」

「いや、実はさっき、たかしのラインを知りたいという女の子からメールがあってさ」

 はて、酔狂な女の子もいるものだ。昨日は2時間の合コンで、ギュッと詰めたら2分も発言していないのに。でも多分、あの子だな、「あみ」さんだな。

「それで、その子にたかしのラインおしえてもいいかな?」

 当時26歳(今は三十路)のたかし青年は考える。興味を持ってくれたのは嬉しいが、あみさんと話したのは40秒。ほぼ全く話していないようなものだ。断ろう。

「すみません、遠慮しておきます。でもそれで、会を開いてくれた先輩と女の子側の幹事との関係が悪くなるなら、そのときは僕のラインをおしえてください」

「そっか、そうだよな。悪かったな」

 先輩はそう言ったあと、「んじゃ、教えとくから~」と言って電話を切った。教えるんかい。

 ややあって、それっぽいラインが来た。挨拶もなく唐突にこうきた。

「ぁみだょ。昨日ゎぁりがとぅ」

 当時、私は26歳。あみさん32歳だった。

 私はあみさん、いや、ぁみさんがあの文面を送ってきたことに引いたのではない。それは個人の自由だ。しかし、18の娘さんがするのと32歳のおねいさんがするのは違うと思った。

 それ以上に、最初のメールで「私はこんなメールを打つ人間だからね」という、ぁみさんの距離感にびっくりしてしまったのだ。

 ラインは3通ほどで終わり、それから連絡は取っていない。

 翌々日、私は仕事をしながらちょっぴり後悔していた。たかが年齢と言葉遣いのミスマッチくらいで女の子を悪く言うのは良くない。うん、よくなかった。

「たかしさん」

 ぁみさんより3つ年上の、名瀬さんという女性(立場上は部下)が、仕事中に話しかけてきた。

「……それでですね、○○が××だったんです。それが超――」

 と言いかけて、名瀬さんははっと口をふさいだ。

「どうしたんですか」と聞くと、名瀬さんは恥ずかしそうに、

「いえ、今『超』なんて言葉を使ってしまいました。恥ずかしい、すみません」

 きゅん。私は名瀬さんの虜となると同時に、やはり言葉使いはとても大事だと思った。きれいな言葉づかいは美しいが、一番かわいいのは、名瀬さんみたく時々“素”が出てしまう瞬間というのは言うまでもない。

 ちなみに、美しい文章を書く江國香織さんのなかでも、トップクラスに美しい文章だとおもうのは『ウエハースの椅子』だ。ほぼ“美”しか詰まっていない。

 名瀬さんのかわいい瞬間を見てしまった私は、ウエハースで積み上げた人形のように腰から崩れ落ちた。

 

『ウエハースの椅子』江國香織/著

『サラバ』~第8回 スタパで恋は生まれるのか~

 久しぶりに帰省した田舎のスタバは異常に混んでいて、行列ができている。カフェアメリカーノを頼み席を探すもどこも空いていない。

 かわいらしい店員さんが「お一人ですか?」と聞いてくる。とてもありがたい。が、物理的に席が空いていない。

 困った私が帰ろうとすると、「ここ使えるみたいですよ」とその店員さんが何とか席を見つけたようで声を変えてきた。席を見ると10歳くらいの男の子が一人で座っている。

 店員さんに、男の子大丈夫ですか? と聞くと、お母さんがテイクアウトするのを待っていたらしいので座っていいそうです、という。少年も「そうだよー、一緒に座っていいよー」と言った。

「いいことしてやったぜ顔」をしている少年と暫し話す。5分後に少年のお母さん来て「ありがとうございました」とお愛想ではない声で帰っていく。私はいいことをしてやったぜ顔になる。それをどうやら店員さんが見ていたようだ。店員さんと私は微笑みあう。

 ただ座ったはいいものの、店内は大変混んでいる。カップルやカップルになりたがっている男女でうじゃうじゃしている。

 私は2分ほどコーヒーを飲みすぐに席を立った。店員さんは「まぁ素敵、他のお客様のことを考えて颯爽と去っていくのだわ、なんて男らしい背中なの!」という気持ちをきっと込めて「ありがとうございます」と言ってくれた。他のお客さんのことを考え去る男の背中はかっこいいのだ。

 数時間後、友人にスタバでの出来事を話す。

「まぁ、すげーいいことをしたけど、あれじゃまだただの『いい人』止まりだなー。ただの良い人はモテないからなー。つぎ行ったとき『いい人』以上の何かが必要だな」

 私はいいことをした余韻に浸りながら滔々と語る。

 友人が聞いてくる。

「それで結局何分いたの?」

 私は答える。

「うーん、トータル5分くらいかな。ただそれ以上のものを残していったと思うわ。次が楽しみだぜ」

 友人はなにか哀れなものでも見るような顔で私に語りかける。

「たかし、それは『いい人』でもなんでもなく、ただの『回転率の早い客』だよ」

『サラバ』という小説で一番好きなセリフは、

――「あなたが信じるものを、誰かに決めさせてはけないわ」ーー。だ。

 素敵な言葉だ。だがまぁ、「ただの回転率が早い客」は信じないといけないだろう。人の言葉だけど。

 8回に渡って勝手にお送りしてきたシリーズ、「スタバで恋は生まれるのか」は一つの答えに行き着く。ようやっとわかった。

 スタバで恋は生まれない。

 8人の女の子たちに贈る言葉はこれしかないだろう。「サラバ」

 そして私はシティに移り住み、純喫茶に通い始めた。

第一部 完

 

『サラバ』西加奈子/著

『雲は答えなかった』~第7回 スタパで恋は生まれるのか?~

 6度ほど恋らしきものを経験してきた、スタバに通っていた5年間で。(すべて失敗に終わったけども)。

 実際にアクションを起こしたことはなかったが、7度目に行動に移した。

 その女の子はスタバの店員さんで、私が初めて足を運んだ5年前から働いていた。明るさよりも細やかな気配りが光る女の子だった。

 たとえば、私は当時ディカフェ(作るのに10分くらいかかる)を頼んでいたのだが、店が混んでいたので、何も言わず普通のコーヒーにしたことあった。

 女の子は私に渡したコップに、こっそり「お気遣いありがとうございます」と書いてくれていた。素敵。

 しかし、スタバの店員さんの仕事上の愛想の良さは計り知れない。5年も通っていればそれくらいわかる。気があると勘違いしてはいけない。

 でもね、「これは」と思うことがほかにもあった。私は17歳からなぜか指輪を左手の薬指にしている。ただのファッションとして。で、ある日、その女の子から急に、

「ご結婚されているんですか?」と聞かれた。ただのファッションなことを伝え、うわっ、意味もなく左手薬指につけてること絶対引かれたよと思っていたら、「そうなんですね。よかった」といった。

 彼女は間違いなく「よかった」と言った。

 そして確信できる出来事がついに来た。スタバに行きはじめて5年目、女の子が運んでくれたディカフェにメモが挟まっていた。

「お客様が来られて5年くらいになると思います。私も同じくらいに入ったからよく覚えています。今度、お名前を教えてください」。もうハートマークが見えたよ。

 これは動くしかないでしょう。私は彼女をデートに誘った。スタバに行けなくなるかもしれないというリスクを冒してでも誘った方がいい。だって、5年前からいいなとおもっていたし、もうきっと大丈夫だもの。 

 当然デートのOKをもらい、公園でピクニックがしたいという彼女をつれて公園に行き、キャッキャウフフしてカフェに行った。

 ややあって、私はやんわりと気持ちを伝える。彼女は「ありがとうございます」と言い、

「でも、私、お慕い申し上げている人がいるんです」と言った。

“お慕い申し上げている人がいる”。初めての振られ方だったので、一言一句覚えている。間違いなく彼女はそう言った。

 というか、「結婚していないです→よかった」「手紙をくれる→名前を教えてほしいと書いてある」というのは、あくまで客に対しての対応だったというのか――。

もしそれが客に対してのやさしさの範疇だというのなら、あぁ神様、それはあんまりだと思うのです。

 私はその時に読んでいた本を今でも覚えている。ルポルタージュ『雲は答えなかった』だ。

 カフェを出て、ピクニック日和の空を見上げても、もう雲は答えなかった。

 

『雲は答えなかった』是枝裕和/著